近年、巷でよく見られるインド・ネパール料理店(※)やネパール料理専門店。そういったお店を酒場として楽しむ“インネパ飲み”が、酒好きの間でじわじわと注目を集めています。この連載ではインネパ飲みを実際に体験しながら、その魅力をお伝えしていきます。
※ネパール人が経営するインド料理店。通称「インネパ店」。街によくあるカジュアルな雰囲気のインド料理店の多くはネパール人が手掛けていて、それを示すようにネパール国旗が掲げられていたり、“モモ”などのネパール料理がメニューにあったりします。
案内役は、北は北海道・稚内から南は沖縄・宮古島まで、全国各地のインネパ食堂を食べ歩いた著書『日本のインド・ネパール料理店』が好評の、アジアハンター小林真樹さん。飲みのお供は、「東京ダルバートMAP」を編纂するカレー偏愛ライターの田嶋と、編集Mが務めます。
今回訪れたのは、インド・ネパール料理店を代表する名店。そこには、老舗ならではの歴史と味わいがありました。
インド料理店から独立した“インネパ第一世代”の店
吉祥寺駅から、徒歩5分ほど。人でにぎわう中道通り商店街を少し進んだところにあるのが、吉祥寺が誇る老舗「ナマステカトマンズ」です。
飲食店や雑貨屋、セレクトショップなどが並ぶ、中道通り商店街。
さて、約1年にわたりお送りしてきた当連載ですが、多くのインネパ名店を訪問できたこともあり、ひと区切りをつけることになりました。今回は連載“最終飲み”の前編です!
お互いを労いつつ、まずは乾杯。小林さんが注文したのは、この連載ですっかりお馴染みとなったラムラッシー!
お通しとしてやってきたのは、ダルモトでした。ダルモトはインドではナムキーンと総称される塩味のスナックの一つで、インド・ネパール両国で“アテ”の定番となっています。
アテの定番といえるスナック菓子、ナムキーン(ニムキン)。
さらには、大根の漬物“ムラコアチャール”。こちらはよく漬かっていて、深いコクと旨味に満ちています。
ムラコアチャール。古漬けながら、酸味は控えめでおいしい!奥にあるのは、サービスで出してくれた激辛唐辛子“アカバレ”。舌が焼けるような辛さ!
小粋なスターターを前にして、呑んべえたちのスイッチがパチンと入ります。
- 小林
- この店は1997年オープンの老舗で、私も開店当初から何度か訪れてきました。店主であるシュレスタさんの自然体で誠実な接客は、いつ来ても変わりません。来日されたのは何年ですか?
- シュレスタさん
- 1984年です。日本語学校やアルバイトを経て、その後インド料理店・マハラジャに勤務し、ホールとキッチンの両方を経験しました
店主のシュレスタさん。妻のアルナさんと1997年に店を開いた。
- 田嶋
- 「ナマステカトマンズ」といえば、奥さんのアルナさんの存在も欠かせません。気さくでコミュ力がめっぽう高く、アルナさんに会いに来るお客さんも少なくないのではないでしょうか
妻のアルナさん。明るい人柄で、街の人からも愛されている。
- 小林
- もともとインネパ店は、70~90年代に隆盛を誇ったインド料理店で働くネパール人が独立して店を持ったのが起こりと言われ、さらにそうしたインネパ店で働くネパール人がまた独立することで、インネパ店が爆発的に増えていったと考えられます。その点でシュレスタさんは、インネパ店主の第一世代と言えます
- 編集M
- メニューをざっと見わたしたところ、ネパール料理やナンカレーだけでなく、インド中華、カレーうどん、チキンスープなどなど、この連載でスポットを当ててきたインネパ店のメニューの多彩さを体現していて、まさに最後の飲みの場にふさわしいですね
異国の料理なのに、やたらしっくりくる味わい
そんな話をしているさなかに、さっそく多彩なメニューの1つが到着しました。その名も“細メン焼きそば“。
- 田嶋
- お、この麺は……ビーフンですね。ごま油が効き中華っぽい味付けですが、シンプルかつ上品な塩味でうまい!重くないので、つまみとしても重宝します
- シュレスタさん
- これは別名を“シンガポールヌードル”と言います
- 小林
- シンガポールでよく食べられている料理というより、外国人がシンガポールをイメージして生み出した料理、といったところでしょう
次に登場した料理も、なかなかユニークなでした。ネパール風焼き餃子“コテ”です。肉厚のもっちりした皮が特徴で、アンはあっさり味で日本の餃子に近いものがあります。添付のタレは、ネパール山椒・ティムルの効いたトマトアチャール=ゴルベラコアチャール。
メニューでは、ネパール風焼き餃子と和訳された“コテ”。
それにしてもネパールの餃子といえばモモがおなじみで、同店のメニューにはモモもあるのですが、なぜこれは“コテ”の名前なのでしょう?
- 小林
- コテ=Kothayはチベット語なので、チベット風ギョウザをそう呼んでいるのではないでしょうか。そして面白いのが、メニューではモモが“焼売”と和訳されているのに対し、コテは“餃子”となっている点です。この辺りの使い分けや表記ゆれ、あるいは誤記などを、「はたしてなぜこうなったのか……?きっとこれがああなってこうなったのだろう」と深読みしつつ愛でるのも、インネパ飲みの楽しさです
まさに第6回でも紹介した、メニューの行間を読み取る、スローリーディングの極意!
さらにもう1品、タンドール窯で焼いた子羊の骨付き肉“ラムチョップ”を注文しました。肉はやわらかくてジューシー。そこにスパイスと酸味が程よく効き、我を忘れてむしゃぶりついてしまいます。
タンドールで焼き上げたラムチョップ。肉の旨味をしっかり感じられる、程よい味付け。
- 田嶋
- メニューは多彩ですが、どれもが日本人の味覚に絶妙に寄り添っていて、かつ食べ物としてきちんとおいしい。だから違和感を覚えず、夢中で食べ進めてしまいます
- 小林
- 四半世紀も続けてこれたのには、やっぱりそれなりのワケがあるのでしょうね
インド・ネパール料理店ではちょっと珍しい、オープンキッチン。
まるで実家のように親しみやすい雰囲気に、これまた日本人が親しみを覚える料理たち。老舗インネパ店が長年愛されてきた理由の本質を垣間見た夜となりました。
さらに後編では、シュレスタさんの粋なはからいにより、同店のもう一つの凄みを発見することになります。お楽しみに!
案内人
小林真樹さん
インド・ネパールの食器や調理器具を輸入販売する有限会社アジアハンター代表。インド亜大陸の食に関する執筆活動も手掛け、著書に『日本のインド・ネパール料理店』(阿佐ヶ谷書院)、『食べ歩くインド』(旅行人)などがある。http://www.asiahunter.com/
店舗情報
- ナマステカトマンズ
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- 【住所】東京都武蔵野市吉祥寺本町2‐11‐7 横瀬ビル地下1階
- 【電話番号】0422‐21‐7010
- 【営業時間】11:00~22:30
- 【定休日】無休
- 【アクセス】JR・京王井の頭線「吉祥寺駅」より徒歩5分
田嶋 章博
(ライター、編集者)
1976年、神奈川県生まれ。ファッション誌の編集を経て独立。ライフワークとしてカレーの食べ歩きと時々自作をしながら、WEBメディア、雑誌でカレー関連記事を執筆。 都内および近郊のダルバートを食べ歩いた「東京ダルバートMAP」を展開中。