朝晩の、冷えて澄んだ空気に金木犀が香ります。本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます。本誌連載と併せてお楽しみください。
栗の季節は案外長いんだよ、と主人の渡邉好樹さんは言う。
「同じ山でも、収穫時期が違うでしょう。山の下の方の木から採り始めて、少しずつ上に登っていくわけ。それに産地も、南から北へと移っていくからね」
菓子には“走り”の9月の栗もいいが、10月半ばの7~10日間くらいが、最もよい時季になるのだとか。
「色もこっくりしてきて、仕上がりがいい。味ものってくる」
それを丸3日かけて蜜栗にして、名物の栗蒸し羊羹をはじめ、いろいろな菓子に使う。栗の蜜は継ぎ足しで、濃度調整をしながら次の栗、また次の栗と浸していくから、栗のエキスを含んだ蜜もどんどんおいしくなっていくのだとか。
「栗仕事は、始まったら休みなしなの」と女将さん。
栗粉餅には、そんな「岬屋」の宝ともいうべき蜜栗がゴロゴロと入っている。
一見すると、栗と餡を包み込んだ大福のようだが、杵で搗いた餅の生地ではない。もち粉に上白糖を混ぜてせいろで蒸し、麺棒で練り上げたものだ。
その生地づくりから見ていこう。
まず、さわり(打ち出しの胴鍋)に上白糖と水を入れて溶かし、さらに餅粉を加えてなめらかになるまで混ぜ合わせる。
角せいろに水で濡らしたさらしを敷いて、蒸気が立ち上がっているのを確認し、生地を一気に流し入れる。生地をぎりぎりまでゆるくすることで、柔らかな餅に蒸し上がるので、せいろに流し入れると同時に蒸気で持ち上げないと、下に流れ落ちてしまう。さらしを濡らしておくのも、目が詰まった状態にするためだ。
「餅菓子は、口の中であんこが先に消えて、餅が残ることが多いけど、茶席の菓子は、餅と餡が同時にスッと消えないといけないからね」と主人。
蒸し上がると、もち米のよい匂いが漂った。
急いでさわりに移し、すぐに練りの作業に入る。熱いうちに、麺棒で練って粘りを引き出していく。
蒸したては半透明で、ほんの少し黄色がかっているが、練るとだんだん白く透明感を帯びてくる。
大振りに切った蜜栗を数回に分けて加え、さらにこねる。麺棒の先は絶え間なく動かしているが、決して栗にはあてず、脇をすり抜けながら餅の粘りを引き出し、からめていく。
「餅で、餡と栗を包むだけのやり方もあるけれど、うちは栗を餅に混ぜ込むの。生地にも栗蜜の味が入った方がおいしいと思うんだ」
蜜栗が硬いと、柔らかな餅とはうまくなじまない。ゆっくりと蜜に浸し、芯までしっとり柔らかくなっている自家製の蜜栗だからこそ、の餅生地の完成だ。
熱々の生地は、しゃもじとヘラを使ってさわりから少量取り出し、手粉(上用粉とかたくり粉)の上に落とす。ざっと粉をまぶして左手に取り、手のひらの上でぽんぽんと揺すって握り込む。
親指と人差し指で絞るようにして捻り出された一個分の生地を、女将さんが素早く丸めて平らに広げ、漉し餡の玉を包む。当然、生地はまだ熱々だ。
よく見ると、主人は左手の中で、始終、餅を転がしているようだ。
「餅に混ざっている栗の位置を確かめているの。蜜栗が均等に入るようにしたいからね」
餅の向きを変えたり、少し握って、栗の位置を移動させたりもしている。
女将さんも、手早く包みながら生地の様子をみて、栗が少ない生地にはさらに足して包んでいく。
「丸めた時も、栗が真ん中にくるように整えているの」
一通り餡玉を包んでから、もう一度コロコロッと両手で丸め直して板に並べていく。丸みはさらに整い、キュッとしまった感じになった。
「まだ、仕上げがあるわよ」と女将さん。
大きな刷毛で、表面をふんわり撫でる。余分な粉は払いつつ、ごく薄くまとわせることで、薄化粧をしたようになった。表面はなめらかで、透明感すら感じる。
「黒いあんこが少し透けて見えるのがいい景色だよね。餅の白さだけではない表情になる」と主人。
栗が入っている部分は、ほんの少し凸凹としていて、その様子もいい。
少し落ち着かせたら、でき上がり。翌日はもう少し締まった感じになる。
手に持つと、ひたっと指先に吸いつくかのよう。形はしっかりしているが、餅の柔らかさが感じられた。
すぅと軽く吸い込むだけで、口の中に餅と餡が入ってくる。舌で口蓋に軽く押し当てれば、餅と餡、蜜栗が一体となり、漉し餡のおだやかな甘味とともに、餅も溶けるように喉を通っていく。
後口が良すぎて、なんとも名残り惜しい。この上品な軽やかさが、上菓子屋の仕事だ。
文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子