暦とともに、パタッと季節が切り替わったのを感じます。本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます。本誌連載と併せてお楽しみください。
旧暦八月(現在の8月下旬~10月上旬ごろのこと)になると、「岬屋」には“名月”という菓子が登場する。「岬屋」の上菓子には珍しい、ありのままの意匠で、一目で里芋と知れる。
中秋の名月、いわゆる十五夜には、収穫に感謝して芋類を供える地域も多く、別名「芋名月」とも呼ばれている。ほっこりと愛らしい造形に、秋の到来を感じる。
「こういう菓子の成形はね、練り切りでつくることが多いと思うけど、うちの生地は“こなし”です」
と主人の渡邊好樹さんは言う。
江戸の「練り切り」は、漉し餡に、もち米でつくった求肥などのつなぎを加えて練り上げたもの。
それに対して「こなし」は、漉し餡に小麦粉やもち粉などの粉類を混ぜ、一度蒸してから、もみこなすことから、その名がついたのではないかと言う。京都を中心とした、西の上菓子店に多いつくり方だ。
「こなし生地は、とっても口どけがいいんです。でも、固まると割れやすいから扱いに注意がいる。うちでは、加える粉を工夫して、程よい粘りを出しているよ」
こなし生地づくりを見ていこう。
ふるった粉類と白餡を手で混ぜ、握るようにして少しずつ粉を入れていき、全体をひとまとめにする。
続けてさらしを敷いた角せいろに、目の粗い漉し器をのせ、粉を混ぜた餡を漉す。せっかくまとめた生地をわざわざそぼろ状にするのは、全体にむらなく蒸気を当てるためだ。
主人はそぼろ状になった生地を、きんとん箸で均等に広げてから、さらしの端を一辺ずつ丁寧に持ち上げて、上にふわりとかぶせた。
「蒸すときに、餡の上に水滴が落ちるとベタついてしまうからね」
万全の状態で蒸気を当て、生地に火を入れる。
蒸し上がったアツアツのそぼろは、さらしごとさわり(打ち出しの銅鍋)に移し、主人はすぐに生地をもみ始めた。
左手でさらしを引き、右手でさらし折りたたみながら体重をかけ、ぎゅっと生地に圧をかける。
今度はさらしを反対方向にたたみ、生地をひっくり返して圧をかける。何度か向きを変え、上下を返し、いろいろな方向から押す。
熱くないんですか?
「そりゃあ熱いよ。100℃だよ」と主人は笑った。
「でも、熱いうちにやらないと意味がない」
さらしを開くと、生地の表面が少し滑らかになっていた。ここでさらしを外し、さらに両手でもみこなしていく。
「色を入れる場合は、このタイミングで色づけするんだ。秋だったら、赤くして紅葉にしたりね」
伸ばしたりたたんだり、丸めたりして、生地の面を変えながらもみ込んでいく。
「もみ方で、粘りの加減が変わってくるから、その塩梅がけっこう難しいの」
ようやく、柔らかで、すべすべ、艶もあるこなし生地ができ上がった。
一晩おいて休ませた生地で、成形作業を見せてもらう。女将さんが漉し餡で、生地の中に包む餡玉をつくり、主人はこなし生地を小さく分けていく。
こなし生地で、手早く餡を包むのは女将さんの仕事だ。丸めたこなし生地を少し平らにして手の平にのせ、中央に餡玉を乗せる。
「餅のような生地ではないから、ちょっとコツがいるのね」と女将さん。
餅なら自在にのばせるが、こなし生地はそう簡単にはのびない。下から少しずつ餡玉を包み込むようにしながら生地を押し広げ、均一な厚みに丸めていく。
「さ、できました。ここからが楽しいわよ」
主人が左の手に生地をのせ、掌(たなごころ)でころころと転がしながら少し指をすぼませていくと、ぽってりとした卵形になった。
胴体の中腹を軽く押して小さなくぼみをつくり、すぐさま、生地を持つ左手の指先をちょちょっと動かして、小さな丸い玉もつくる。あ、と思っている間に、小さな丸い玉はくぼみにおさまり、子芋のでき上がり。生地を持ち上げてから子芋をつけるまで、一度も下に置かず、掌の上だけでリズミカルに形づくっていく。
「子芋なしにすることもあるけど、つけるとより風情が出るね」
つるりとした白い胴体には、焼きゴテで色と模様を入れていく。
まずは、真っ赤に焼いたコテで、子芋をジュッと焼く。続けて、その周りを滑らせるようにコテを流し、薄い茶色をつける。
角度を変えつつ、ジュッ、ジュッと当て続けていくと、重ねて焼かれた部分が、土を落として乾いた皮のように見えてくる。
子芋のつく位置、傾き加減、まだらな模様が一つ一つ違う様も里芋らしい。ついつい四方から眺めてしまう。
「お茶席に置いておいたら、本物の芋かと間違われたこともあったらしいよ」と、主人は楽しそうに話してくれた。
紛れもなく里芋の形になった菓子を手に持つと、思いの外ずっしりとしていている。
齧ると、軽く弾力を感じた後にすっと噛み切れて、中の漉し餡が舌に触れる。食感はしっかりしているのに口溶けはなめらか、漉し餡の甘味と口の中でなじむ感じが絶妙だ。一口、一口、ゆっくり味わいたい。
文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子