今も歴史が息づく町、大阪・谷町。個性的な飲食店が点在するこのエリアに、とびきりうまい燗酒を呑ませる居酒屋がある──汁ものを肴に酒を呑むのが至福だという、作家の大竹聡さん。そんな大竹さんが、だし文化の聖地=大阪を呑み歩いた、dancyu3月号掲載の「大阪『汁呑み』紀行」。本誌誌面では収まりきらなかった「汁呑み愛」と、汁呑みにうってつけの「もう一品」を紹介するおかわり企画。第三回は、燗つけの達人の店で、素晴らしい汁呑み体験をしてきました。
「大阪『汁呑み』紀行」おかわり企画の3軒目は、谷町7丁目にある居酒屋「マキショウ」の逸品です。
本誌記事にて紹介したのは大阪名物の"肉吸い"。肉うどんの麺抜きという庶民的な味わいの絶品汁でした。
ところがこの店、実は突き出しにも、ため息が出そうなおいしいお椀を供しているのです。おいしい日本酒と酒肴を求めてやってくるお客さんたちの多くは、最初から日本酒を、お椀の汁を肴に呑み始めるという。
淡くきれいな味わいのお吸い物だ。取材で訪れた日は、金目鯛のアラと一番だしでとった半透明のスープに、具材が浮かんでいる見た目にも美しいお椀で迎えていただいた。ひと口啜ると、端麗で澄んだ味の背後から、じわりと深みが顔をのぞかせる。潮汁の荒々しさほどではないが、そこには脂のおいしい魚のアラから出る、濃くてやさしい丸みが隠れている。
合わせた酒は、「久米櫻」“生酛 芽衣”である。生酛と聞いて少し荒いゴツゴツした感じを想像したけれど、まるで違う。しっかりした造りだが飲み口はスムーズで、華やかさばかりが目立つ酒とは明らかに違い、味わうほどに底の深さを感じさせる。
その酒が、一見してさらりと淡泊に見える金目鯛のお椀の、味わうほどにさらに深くなる味のグラデーションと見事に歩調を合わせてくれる。
肉吸いに合わせた「睡龍」も生酛、金目鯛のお椀に合わせた「久米櫻」も生酛。あらためて、熟成に耐え、時間が経過するほどに円熟していく酒のうまさに、唸りたいような気持ちになる。そして、壁にある品書きの、気になる部分にまた目が留まる。入店した直後から気になったのであるが、品名を書いた札を見れば、焼売、豚キムチ、グラタン、なんて文字が飛び込んでくる。
酒は日本酒だけでなく、ビール、ウイスキーのハイボール、レモンハイ、ワインなどの用意もあるから、豚キムチもグラタンも、そういう目で見れば、違和感はない。けれど、やはり、ここへ来たら、しっかり日本酒を飲みたいという気がするのも事実。日本酒は先の2銘柄に加えて、「竹鶴」「鯉川」「玉櫻」「弁天娘」「日置櫻」「剣菱」などが顔を並べているからだ。このあたりの顔ぶれ、腰が据わっていて、手強いじゃないですか……。そんな思いから、酒と酒肴の相性について、店主の大西正哉さんに聞いてみた。
「こういうタイプの日本酒は、合わせられる範囲が広いんですよ。たとえば発酵の進んだキムチと熟成した生酛造りの日本酒の相性はいいんです」
なるほど。その一方で、お造りにも合うわけだから、たしかに幅が広い。懐が深い。
「エビフライ、お刺身、すき焼きを食べるときに、ご飯を変えませんよね。白いご飯は、何にでも合う。日本酒も本来、そういうものだと思いますね。どちらも受け入れられる」
何にでも合う酒か……。いい話だな。
たしかに、ドリアってうまいよなあ。だから、グラタンに日本酒を合わせて、おかしいことはない、ということか。意外な気がするけれど、カレーに日本酒が合うのは、昨今知ったばかり。あれも、うまいのだ。そして今日はまた、大阪にて目を開かれたゾ。
抜群のお椀を啜り、酒を啜り、品書きを眺め、考える。〆鯖にからすみをまぶした、いかにも酒に合いそうな一品を選ぶもよし。いやいや、せっかくだから、エビフライ、いってみるか?
少し冷めたお椀の汁と酒を交互に口に運びながら、あと何品で、日本酒は何杯もらうか。作戦を練るこのひととき。なんだか申し訳ないほど幸せです。
*最新の営業時間など、詳しくは電話で確認を。
*突き出しのメニューは日によって変わります(椀物でない場合もあり)。
文:大竹聡 写真:渡部健五