あっという間に、一年を振り返る時期になりました。本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます。本誌連載と併せてお楽しみください。
初めてこの菓子を目にした時、菓名を見ても何の形かわからなかった。そこで、主人の渡邊好樹さんに尋ねてみた。
「“柴”は小枝のこと。『おじいさんは山へ柴刈りに』、の柴ですよ。冬のはじめの雑木林で集めた枯れ枝を束にしたものを表してるの」
言われて見てみればたしかに、たくさんの細い枝が一本の縄でぐるりと束ねられている形だとわかる。
「そこに“養老”という言葉が使われていることを考えるとね……」と、主人は話を続けた。
「姥捨山という話は知っているかな」
貧しい農村では、本格的に雪の降り始める前に、口減らしのために老いた母親を山に捨てに行かなければならない。年老いた母は運命を悟り、息子に背負われながら山奥に向かう道すがら、手を伸ばしては、ぽきりぽきりと雑木の枝を手折り、同じ道を一人で帰る哀れな子のための目印にした。それに気づいた息子は母を連れ帰り、末長く大切に暮らした、という昔話だ。
「昔の人は、物悲しい季節の菓子に、あえて“養老”という名前をつけたんだね」
なにげない冬の景色をかたどったようでいて、人生の冬をも想像させる菓子なのだ。
では、さっそく生地づくりを見ていこう。材料は、漉し餡、卵、新粉(うるち米の粉)と上南粉(もち米の粉)。
「うちでは卵を使った生地を“時雨”と言っているの。卵が入るとね、ふわっとするんだよ」
さわり(打ち出しの銅鍋)に漉し餡と卵の白身を入れ、少しの黄身も加えて手で練り混ぜる。昔は、白身だけだったが、生地を扱いやすくするために、いつしか少量の黄身も加えるようになった。
最初の練りは、手で餡をつかむようにしながら混ぜて、しっかりと。滑らかになったらしゃもじに持ち替え、新粉と上南粉を加えて混ぜ合わせる。
上南粉は道明寺粉を細かく割って炒ったもので、目は細かいが、餡に混ぜても粒が残る。それが蒸し上がった時に、ポツポツと地面に落ちた雨粒のように、割れ目やくぼみが現れる、独特な風合いを持つ生地だ。
「上南粉のつぶつぶが現れて、時雨(しぐれ)になるわけ」
生地がひとまとまりになると、布巾で包み、パタンパタンとひっくり返しながら均一にする。
「この生地は扱いが難しい。柔らかくて手につくから、布巾を使うんだけど、力加減が微妙でね。柔らかくしても、硬くしてもだめなのよ」
時雨の生地を小さくちぎって、さらに漉し餡の玉を包み込む。
「あんこ生地の中にあんこが入るって不思議な感じだろうけど、これが和菓子の基本かもしれないね」
仕上げは主人の手による、成形作業だ。
まずは楕円にして、小指で頭にくぼみをつける。まるで、そら豆のおはぐろのよう。そのくぼみに、細工ベラで数本の筋をつけ、向きを変えてまた数本の筋をつけると、小さなバッテンが並んだようになって、花束のように少し広がる。
続けて、胴体に細い縦線を入れていく。途中、横向きに二本の筋を入れて束ねる縄を表現し、その下に再び縦方向の筋をつける。
あっという間に、枯れ枝の束=“柴”のでき上がり。
「細工は力を入れちゃだめなんだよ」と主人。
柔らかい生地は、少し力んだだけで指の跡がついてしまう。主人は、生地を左手の4本の指にのせ、指の曲げ方や、閉じ開きをひらりひらりと変えながら生地を精密に動かし、右手の細工ベラに当てていく。「職人の手は、自由自在でないといけない」というのがよく分かる。
目の前で見せてもらっているのに、動きが速くて追いきれない。2度、3度と手を止めてもらいながら教えてもらった。
角せいろに並べて釜にのせ、10分ほど蒸す。途中で一度、蓋を開け、中の様子を確認した。「この菓子は、少し蒸気を抜かないと」と主人は言う。
薯蕷饅頭のように、山いもを使った粘りのある生地なら蒸し続けても形を保てるが、時雨の生地は、ふくらみすぎると割れてしまう。生地によって、蒸し方にも加減がいるのだ。
蒸したての養老柴は、茶色い筋が大きく開いていて荒々しく見えたが、冷めると落ち着き、生地特有の表情が前に出てくる。
「やさしい感じになるでしょう」
仕上げに、軽く両手で包むようににぎって形を整えた。
「これは、大きく長い枝を切り揃えた束ではないんですよ。先っぽが、細かく枝分かれしているような枝があるでしょう。そういう小枝を束ねるイメージだから、上の部分は少しはみ出たような、広がった形にしているの」
生地のざらりとした風合いが、冬の乾いた枝の感触を思い出させ、カサカサと小枝同士が重なり合う音まで聴こえてくるようだ。
食べてみると、卵と粉の混ざった時雨生地と中の餡玉は、同じ漉し餡でも全くちがう舌ざわりで、味の濃淡が感じられる。
一年を振り返りながらゆっくりと茶をいれ、静かに味わいたい。
文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子