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美しい花姿を写す「白桔梗」|「岬屋」の今月の和菓子⑩

美しい花姿を写す「白桔梗」|「岬屋」の今月の和菓子⑩

いよいよ本格的に夏がやってきます。本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月ひとつずつ紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をより詳しくお伝えしていきます。本誌連載と併せてお楽しみください。

同じ材料。つくり方で変わる面白さ

「今日は計量から見ていくかい」
話しながら、主人の渡邊好樹さんは小さなノートを取り出した。紙が茶色に変色していて、年季の入ったものとわかる。
「これは、初代が作ったレシピノート。おやじ用と僕用と、2冊残してくれたんだ。そこに僕がいろいろ書き足して使ってきたの」
レシピといっても材料の割合が書いてあるだけだから、見ただけでつくれるような便利なものではない。ここに職人の経験と知恵が加わり、季節の温度湿度も計算に入れて、ひとつの菓子ができあがる。

ノート

上用粉(うるち米をきめ細かく挽いた粉)、上白糖、漉し餡。取り出した材料は先月の「青梅」とほぼ同じだ。
「和菓子の材料は単純なんだよ。粉と砂糖。でも、配合や火の入れ方が違ってくるの。青梅は、先に生地を蒸して、食べられるようにしてから成形したけど、今日の桔梗は、成形してから最後に蒸し上げる。それで、全く違った表情に仕上がる」
面白いわよね、と女将の英子さんも言う。

女将の英子さん

火入れの技を知る

「最後に蒸す」というのは仕上げの話で、正確には、2段階に分けて熱を加えている。青梅は丸く単純な形だから、完全に蒸し上げた生地で成形するが、桔梗はシャープな花の姿を表現するため、少し熱を入れて生地を扱いやすい状態にして、先に成形をしてから、仕上げに蒸すのだ。

生地づくり

さわり(打ち出しの胴鍋)に上用粉(うるち米の粉)と砂糖を入れて水で溶かしたら、まずはコンロで最初の火入れ。木べらでゆっくり混ぜる。白くサラッとしていた液体が、さわりの内側に跡を残すようになり、やがて木べらの先にポテっとしたかたまりがつき始めると、なんだかいい香りがしてきた。
「これは米の粉だから。米の香りがするでしょう」

生地づくり

そう、団子のような香り。蒸したときにも同じように香るのだが、さわりに入れて直火で練ると、徐々に香りが立ち上がるので生地の変化が感じられる。
「団子はもっと濁った白になるはずだよ。これは砂糖が入っている生地だから透明感が出てくるの」
砂糖は甘味だけでなく、いろいろな役割を果たしているのだ。

生地づくり

生地に粘りけが出てきたら、木べらを両手で持って手早く練り、さわりの中でまとめていく。この段階でいったん火からおろして成形に入る。
「途中まで火を入れることを、『燗をする』って言うね」と主人。

生地づくり

手と指が生み出す柔らかみ

5つの花弁が星型のように整った形だから、木型で抜くものと想像していたが、手だけで成形するとか。
「花びらの先端はシャープに、でも柔らかみも持たせたい。そういうのは、手でないとつくれないの。それに、弾力のある生地だから、型抜きには向かないんだよね」

生地成形

主人が生地を取り粉(上用粉)の上に落とし、かるく粉をまぶしながら小さくちぎっていく。それを女将さんがのばし、餡玉を包んで丸める。成形までに冷めないよう、ここは手早く、熱いうちに!

生地成形

続けて主人は丸めた生地を左手にとり、右手の親指と人差し指でちょんちょんとつまんで5つの角を出した。
「あんまり角が出来すぎないほうがきれいな仕上がりになると思うんだよ」

生地成形

五角形の角と角の間から、細工べらを差し込んで花弁の形をはっきりさせ、中央にも小さな筋をつけると、あっという間に雄しべと雌しべができた。
白い生地にへらでつけた筋から、餡の黒色を少しのぞかせるのがよいかと思っていたら、「透けすぎてもいい景色にならない。(中の餡の色は)見えなくたっていいくらい」。

細工べら作業

よくよく見ると、5つの花弁は均等な五角形ではないし、花の底は丸みを残したままになっている。底に丸みがあるから、せいろに置いたときにわずかに傾き、花が葉の上で揺らぐような表情が出てくる。
「ひとつひとつ違う形になるの。そこがいいんじゃない?」

並んだ白桔梗

角せいろに並べ、強い蒸気に12分ほどあてれば蒸し上がり。蓋を開けると、桔梗はむっちりとふくらんでいた。
「火を入れると、立体感が出るんだよ」
真っ白だった生地には透明感が生まれて、艶やかになっている! 蒸す、という手法はマジックだ、と思う。
生地が落ち着いたところでひとつ食べてみる。
弾力があって、青梅の餅っぽさとはまた違う食感。何より透け感がいい。夏を彩る桔梗の爽やかさを感じさせる。

白桔梗
白桔梗は一個350円。販売は7月中。曜日によっては用意がないこともあるので、電話で確認を。9月には、黒糖仕上げの黒桔梗が登場する予定。

店舗情報店舗情報

岬屋
  • 【住所】東京都渋谷区富ヶ谷2-17-7
  • 【電話番号】03-3467-8468
  • 【営業時間】10:00~16:00
  • 【定休日】日曜、月曜(節句、彼岸を除く。夏季休業あり)
  • 【アクセス】京王井の頭線「駒場東大駅」より徒歩7~8分、小田急線「代々木八幡駅」、東京メトロ「代々木公園駅」より徒歩10~12分

文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子

岡村 理恵

岡村 理恵 (ライター)

群馬県生まれ。出版社勤務を経て独立し、食を中心としたライター・編集者に。料理はもちろん、畑や漁港からスーパーなど食に関わる現場、食卓をつくっている人々に興味あり。