いろいろなアジ料理があるが、福地さんには忘れられない思い出の味があるのだという。豊洲市場の文化団体「銀鱗会」の事務局長である福地享子さんが、2018年11月までdancyu本誌で執筆していた「築地旬ばなし」の転載です。
築地市場のアジの旬は、南からやってくる。南九州、四国、東京湾ときて、日本海側、山陰地方からの入荷が本格的になると、夏の入り口だ。
刺身や酢締めにたたき、生で食べたいときは、ちょい背伸び、お寿司屋さんが使うような釣りアジを買う。「釣る」という漁法は、魚へのストレスが少ないので、身が締まっている。そう教えられたのは、河岸の新人クン時代。その後、釣りアジの漁師さんの船に乗せてもらったが、さすがプロ、釣られたアジは、たいして暴れもせず、釣り針を抜かれると、なにごともなかったように、船底の水槽で泳いでいた。たしかにストレスは少ない!と納得したものだ。
一網打尽、量で勝負の巻き網漁法でとったアジは、やや身の締まりに欠ける。だけど、手ごろな値段だし、旬ともなれば脂ものっており、いつもはこっち。フライよし、南蛮漬け、つみれよし。小ぶりのアジを開いて濃い塩水に30分ほど浸け、夕方から干して朝風で仕上げた自家製干物は、日曜の朝の定番おかずだ。
いろんなアジ料理をつくってきたけど、記憶の底にしまったままの料理がある。子どものころ、家族で訪ねた漁師さんの家の夕食に出てきた一品だ。天ぷらなのにくたっとして、甘酸っぱくて。刺身や煮魚もあったと思うが、それだけを覚えているのは、衝撃的においしく感じたのだろう。天ぷらにしてから三杯酢に浸けたのだろう、と想像しているのだが。
この春、宮崎県南の目井津港(めいつこう)で揚がるブランド名「美々鯵(びびあじ)」のパンフレットをいただいた。築地市場で、名をあげたいと、漁協の方が持ってきてくださったのだ。南郷町は、実家から車で小1時間。もしかしたら、あの漁師さんの家は、目井津?甘酸っぱい衣に包まれたあの味が、海鳴りや南国のぬるい潮風とともに強烈によみがえってきた。出見(いずみ)、椿泊(つばきとまり)、沼島(ぬしま)、三瓶(みかめ)。いずれも築地で評判のアジの産地だが、そこに混じって、目井津のアジ、どこまで奮闘できるのか。応援のためにも、今こそ、あの味、再現するときがきたようだ。
文:福地享子 写真:平野太呂
※この記事はdancyu2018年6月号に掲載したものです。