市場にも、夢のようなシンデレラストーリーがあるという。豊洲市場の文化団体「銀鱗会」の事務局長である福地享子さんが、2018年11月までdancyu本誌で執筆していた「築地旬ばなし」の転載です。
人間と同じで、魚の世界にもシンデレラストーリーがある。なにやらドンクサイ女の子が、魔法の杖のひとふりでアイドルになっちゃった、みたいなお話が。たとえばですね、お地味な地魚に過ぎなかったシタビラメやマトウダイは、ソールだサン・ピエールだなんて呼ばれ、フレンチの魚メニューのセンターだ。アカザエビはイタリアンご用達となり、ちっとやそっとじゃ手の出ない超高級エビに。
そして、旬を迎えた国産のアマエビも。殻をむいて口にふくめばヒンヤリトロリ、甘くって。生で食べるエビの醍醐味ここにあり、のアマエビよ、オマエもそうだったのだ……。
先日、銀鱗文庫の図書を整理していたら、築地市場のエビの組合が昭和34(1959)年に発行した『海老の知識』という小冊子が出てきた。ここに衝撃の事実がのっていた。「トンガラシ海老(アマエビ)」として。利用法は「惣菜用天ぷら」とそっけない。刺身は、寿司は、とつっこみたくなるが、言及なし。こういう時、築地は便利。このくらいの時代の生き証人ならちゃんといる。まさしくその通りであったという。唐辛子みたいに真っ赤だからトンガラシ。トロリとした食感から推測できるように水分が多く、天ぷらにすると縮んでしまう。そこで、ま、大衆食堂の天ぷら程度なら、という使われ方だったという。そして十数年を経て、生食がいけるという産地情報が伝わり、人気のエビに成長したのだった。
とまあ、私、魚たちの過去をあばくのが趣味である。人間界と同じく水産界も、いつもシンデレラを待っている。新しい価値観という脚光を浴び、スターに育つ魚たちを。だから過去を学んでいる、というほど、私、りっぱじゃなく、ミステリー的なおもしろみがあるからだ。それでいて魚たちのストーリーには、人間と違って、その後によくある転落の人生がない。安心してミステリー遊びができるんだもん。
文:福地享子 写真:平野太呂
※この記事はdancyu2014年11月号に掲載したものです。