今年の松茸は市場をどう賑わせるのだろうか……。豊洲市場の文化団体「銀鱗会」の事務局長である福地享子さんが、2018年11月までdancyu本誌で執筆していた「築地旬ばなし」の転載です。
知り合いの気仙沼の漁師さんに聞いた。秋になると、山でのバイトが忙しくなる仲間がいて、ずいぶんな稼ぎなんだと。松茸採りだ。彼が仕事を休むたび、その漁師さん、ちょっと嫉妬らしい。
この話とセットで思い出すのは、割烹着と買い物かご。以前に京都の山里で見た光景。そこは松茸の集荷所で、ちょっと近所にお買い物、みたいなおばちゃんがポツリポツリとやってくる。買い物かごには松茸が入っており、目方をはかってもらうと、お代の万札が渡され、割烹着のポケットにスルりしまいこまれるのだった。
毎年、青果の売場には松茸が並んでいる。7月1日が海外産の解禁日とあっては、中国産やらメキシコ産のそれを眺めては秋の涼風を焦がれて日々をやり過ごし、「暑さ寒さも彼岸まで」の9月下旬、国産松茸登場。旭川や富良野などの北海道産がチョロリ顔を出し、岩手県、続いて長野県、宮城県と産地はしだいに増えていく。
10月、松茸を扱う仲卸の店頭。国産松茸は、特別扱いだ。シダを敷いた小箱に入れられ、店でもっとも目立つ場所に並ぶ。そこだけ里山の雰囲気。足を止める。溜息。値札を凝視。ああ、気仙沼の海に迫る山々、割烹着と万札よ……。で、長い長~い溜息。東日本大震災の前年、東北では伝説となるほどの大豊作で、あのときは、浮かれ勢いで買えたけど……。
なんて、やめとこ、そんな話。いいじゃないの、この世には、ちっとやそっとじゃ手のでないすごい食べ物があっても。「作物」と言うがごとしで、ヒトの手で、品種改良、新種が次々に作りだされる野菜の世界。松茸も、「人工栽培に成功」、なんてニュースを聞くが、これだけは実現化されていない。ひとつくらい、人間が逆立ちしてもかなわないものがあったって。いっそ清々しい。ハイ、負け惜しみじゃござんせんよ。
文:福地享子 写真:平野太呂
※この記事はdancyu2014年10月号に掲載したものです。