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誰かを思う、端午の節句「粽」|「岬屋」の今月の和菓子⑦

誰かを思う、端午の節句「粽」|「岬屋」の今月の和菓子⑦

桜が日本中を駆け抜けていったあとは、新しい季節の到来です。本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます。本誌連載と併せてお楽しみください。

葛生地を笹の葉で包む伝統の技

「粽(ちまき)はちょっと大変なんだ。いろいろ準備しないとならないし」と主人の渡邊好樹さんは言っていたが、店に伺うと、その意味がわかった。女将の英子さんだけでなく、娘の恭子さん、佳澄さんも作業場に入っていたのだ。

粽は、中国の故事に由来し、古くから端午の節句につくられてきた。「岬屋」では、本葛を練って蒸した生地を、笹の葉と、い草で巻いて、円錐状に整える。
「1回に100本以上、熱いうちに巻かなくてはならないから、何しろ人出がいるのよ」と女将さん。その作業を見せていただこう。

上菓子の葛の扱い

「岬屋」の粽には、葛の透明感を生かした“水仙粽”と、漉し餡入りの“羊羹粽”の2種類がある。
本葛と上白糖を水で溶かして、さわり(打ち出しの銅鍋)に入れ、100度の熱で、ぽてっとするまで練り混ぜる。これが、“半返し”。固まったら、さらしを敷いた角せいろに移し、透明になるまで30分蒸す。

「さわりの中は、熱が伝わった部分から固まって貼り付いていくから、全体が固まったら蒸し器に移します。さわりで練るのは、あくまでも固めるため。しっかりと熱を入れるのは、せいろの蒸気で。これが上菓子の葛の扱いです」と主人。

笹のより分けもていねいに

生地を蒸している間に、女将と娘さん達が笹の葉の準備をする。
「うちで使うのは、幅の広い秋田産の笹ね。乾燥した葉を熱湯でゆで、水に漬けておくの。それを扇状に重ねて葛生地を包むわけ」
笹の葉の水気をきり、生地をのせやすい大きめの“取り葉”と、その外側に巻く細めの“巻き葉”、仕上げ用の“化粧葉”に分けていく。

孫のあかねちゃん、けいたろうくんもお手伝い。

一気呵成に巻いていく

さあ、生地の蒸し上がり!白濁していた生地は、火がとおって透明に。この状態が“本返し”。さらしを持ち上げてピンと張り、生地をさわりに戻す。
「何気なくやっているけど、しゃもじの使い方が上手じゃないと、きれいに落とせないんだよ」と主人。
「さらしの持ち上げ方にもコツがあるの。角度や張り方がよくないと、うまく落とせない」と女将。

息のあった連携プレイで、すぐに包みの作業に入る。生地をすくって笹にのせる人を“取り手”、巻く人を“巻き手”と呼び、分業で作業が進む。
主人は“取り手”。熱い生地をさじですくって、取り葉の中央にポテッと落とし、スーッとしずく型に広げていく。

“巻き手”は女性陣。巻き葉を2枚当てて、円錐状にくるりと包む。
「最初のひと巻きが難しい。葉が生地に食い込んでしまうときれいに巻けません」
葛が冷めて固まらないうちに形を整えねばならない。
「何個も巻くと手が赤くなっちゃうんです」と恭子さんは笑いながら手を見せてくれた。

仕上げにもう1枚、きれいな“化粧葉”を外側に巻き、葉の先端をくるりと折り畳んで、い草でとめる。
「4枚の笹の葉が均等に重なって、一枚の葉で包んだかのように見えるのが理想です」と佳澄さん。

透明の水仙粽を巻き終えたら、漉し餡入りの羊羹粽も同じように作業する。作業場には、笹の葉の香りが広がる。

粽づくりは家族総出の作業

「ね、ちまきは手間がかかるでしょう」と主人。
「祖父の時代から、家族総出の作業だったの。ぼくの子供の頃は、従業員の職人だけでなく、親戚もみ~んな呼んで。5月の大イベントだった」
中学生になったら“巻き手”をまかせられるようになる。
「それまでは道具を運んだり、笹をより分けたり、下働きだね。ぼくの父は早くに亡くなっちゃったから、巻き手の修行をあまりしないうちに取り手をやることになっちゃった。だから巻くのは上手じゃないんだよ(笑)」
今では巻き手の主力である恭子さんや佳澄さんも、職人達の仕事を見ながら、「早く巻き手になりたい!」と思っていたそうだ。

巻きあがった水仙粽、羊羹粽はそれぞれ、5本一組にして束ねる。い草できりりと巻かれた笹の葉の深い色とつや、すっと立っている様はなんともかっこいい。

「食べる頃には、葛生地が落ち着いて、笹の香りもほどよく移ります」
厄除けのお守りとしても用いられてきた粽。子どもや孫、誰かのお祝いのためにと買い求め、季節の節目に無事を祈る菓子。「岬屋」の人々にとっても、家族の思い出とつながっている。

羊羹粽(小豆色)・水仙粽(半透明)、それぞれ一束(5本)2,000円。要予約(2日前まで)。販売は4月20日~5月8日。

店舗情報店舗情報

岬屋
  • 【住所】東京都渋谷区富ヶ谷2-17-7
  • 【電話番号】03-3467-8468
  • 【営業時間】10:00~16:00
  • 【定休日】日曜、月曜(節句、彼岸を除く。夏季休業あり)
  • 【アクセス】京王井の頭線「駒場東大駅」より徒歩7~8分、小田急線「代々木八幡駅」、東京メトロ「代々木公園駅」より徒歩10~12分

文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子

岡村 理恵

岡村 理恵 (ライター)

群馬県生まれ。出版社勤務を経て独立し、食を中心としたライター・編集者に。料理はもちろん、畑や漁港からスーパーなど食に関わる現場、食卓をつくっている人々に興味あり。