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気持ち新たに。新年を寿ぐ「菱花びら」|「岬屋」の今月の和菓子④

気持ち新たに。新年を寿ぐ「菱花びら」|「岬屋」の今月の和菓子④

本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます。本誌と併せてお楽しみください!

餅飾りを模した、新年を祝う菓子

年末の声を聴く頃から予約が入り始める菓子がある。花びら餅だ。「岬屋」では、“菱花びら”と呼ぶ。

餅

もとは、宮中の正月の餅飾りを模してつくられた菓子。丸くのばした餅の上に、紅色の菱餅を重ね、味噌餡と蜜漬けのごぼうをのせて折りたたむ。明治時代から、茶道の初釜(年初めの茶会)で用いられてきたが、昨今は、新年を祝う菓子としてデパートなどでも販売され、ずいぶん広く知られるようになった。
今年はいつもより予約が少ないそうで「いまは、大勢の人で集まれないからね。残念だけど、まぁ仕方ない」と主人の渡邊好樹さん。

主人の渡部好樹さん

「求肥でつくるところもあるけど、うちは餅の生地でつくります」
水で溶いた上白糖に餅粉を練り合わせ、蒸気の上がったせいろに一気に流し入れて、やわらかな餅生地をつくる。一部は色づけをして薄く伸ばし、正方形に切り分けて菱餅にする。

粉

「岬屋」の菱餅は優しい薄紅色で、静かにハレを感じさせる。包丁の刃先を濡らして切り、切った断面にはすぐに粉をまぶしていかなくてはならないから、単純なようでいて気の抜けない作業だ。
「菱形の餅を入れるから、“菱花びら”と呼ぶのね。うちの場合、餅の直径の二寸八分(約8.5cm)に合わせます」

菱餅

和菓子には、尺貫法が生きている

和菓子の世界には、尺貫法が生きている。一寸といえばおおよそ3cm、一匁は3.75g、古くから、日本のくらしの中で使われてきた単位だ。「岬屋」では、餡や生地などを均等に分けるときも、昔ながらのはかりを使っている。
「グラムやセンチに換算もできなくはないけど、直すと半端が出ちゃう。昔からやってきた割合は、尺貫でやるとぴたりと決まるの」

生地

熱々の白い餅生地は、きめ細かくふるわれた粉の中で手早くまとめられ、丸くのばされていく。菱餅と丸餅がぴったり重なるよう、正確に成形しなくてはならない。広げ終わりに、丸餅の中央は少しだけくぼませる。
「半分にたたんだとき、縁をふっくら仕上げたいから、縁はつぶさないように残しておかないと」

餅生地

蜜漬けごぼうと味噌餡の妙味

餅の間に挟むのは、甘いごぼうと塩けのある味噌餡だ。この組み合わせが面白い。
蜜漬けに使う太ごぼうは、棒状に切ってぬか入りの水でさらした後、ぬかごと火にかけて1時間、しっかりやわらかくなるまで煮る。
「ぬかを使うと白く仕上がるからね。でも、冷めてから、きれいに洗い落とさなくちゃならない。こういう小さなことにも手間と時間がかかるから、ごぼうの蜜漬けからやっているところはそうないと思うよ」
ゆでたごぼうは煮立てた蜜に漬け、冷めたらまた温めた蜜に漬ける、を繰り返し、数日かけて蜜漬けごぼうができ上がる。

蜜漬けごぼう

餡は、白餡をつくる際に、2割ほど白味噌を加えて炊き、味噌風味に仕上げる。
「塩分が少なくて、香りのいい白味噌を使うの。発酵が進むと味噌の香りが立ちすぎるから、新鮮な味噌を使うと決めています」

さあ、仕上げの成形。白い餅生地の上に菱餅を重ね、ごぼうを挟み込んだ味噌餡をのせていく。想像していたよりも餡が大きいと感じる。

菱餅

「餅の生地は伸びがいいから、餡をたっぷり包めるの。求肥の生地の場合はそんなに伸びないから、ぺたんと平らな形が多いんじゃないかな」
生地を折りたたんで左手にのせると、指の先で生地の縁を軽く押して、くっつける。この力加減も絶妙で、餡をちらりとのぞかせながらもしっかり閉じるのだ。餅の表面には、菱餅の紅色が薄くのぞく。
「手で包まないとこうふっくらとはいかないの。餅じゃないとできない形だね」

餅菓子はつくりたてが一番、ではない?

餅の生地と餡とごぼうが次々に一体となり、刷毛で優しく粉がはらわれる。見るからにやわらかなでき上がりを見て喜んでいると、「もうちょっと落ち着いてからのほうが食べ頃だよ」と笑われた。餅はつくりたてよりも、少し落ち着いて、きゅっと締まったほうがおいしくなるのだ。茶会の注文が入った時は必ず、「いつお使いですか」と尋ねるそう。食べる時に完成する硬さになるようにつくるためだ。人数の多い茶会用はとくに、仕上がりを考えて餡の硬さも調整するという。
頬張ると、むっちりとした餅生地の先に、少し塩けのある味噌餡があらわれる。餅と餡は、口の中でなじみがよい。合間に、ごぼうのしっとりした食感も楽しめる。
大晦日に蜜漬けごぼうの作業が始まり、年をまたいででできあがる、新年の菓子。今年も出会えた喜びとともに味わいたい。

菱花びら
“菱花びら”は要予約。一個470円。販売は1月12日~23日の予定。

店舗情報店舗情報

岬屋
  • 【住所】東京都渋谷区富ヶ谷2-17-7
  • 【電話番号】03-3467-8468
  • 【営業時間】10:00~16:00
  • 【定休日】日曜、月曜(節句、彼岸を除く。夏季休業あり)
  • 【アクセス】京王井の頭線「駒場東大駅」より徒歩7~8分、小田急線「代々木八幡駅」、東京メトロ「代々木公園駅」より徒歩10~12分

文:岡村理恵 撮影:宮濱祐美子

岡村 理恵

岡村 理恵 (ライター)

群馬県生まれ。出版社勤務を経て独立し、食を中心としたライター・編集者に。料理はもちろん、畑や漁港からスーパーなど食に関わる現場、食卓をつくっている人々に興味あり。