午後に備えるランチタイムに、仕事上がりの労いに、いいことがあったときのご褒美に。旨いとんかつ店を知っていれば、人生は最高になる。東京・大門にある「のもと家」は、ほかでは見たことがないほどサクッと立った衣に包まれた、ジューシーなとんかつが食べられるお店です。
「おっ、今日は良い顔してるな」。店主の岩井三さん、厨房で肉とひたすら会話中。「脂のコクが飛び抜けて旨い。こんなとびきりいい肉を扱えて幸せです」と鹿児島産六白黒豚にとことん惚れ込み、電話番号も「6809(ロッパク)」(笑)。うん……この人、変態だな(注:褒め言葉です)。
看板は特選ロースかつ定食160g。理想は“薄くてサクサクの衣”。淡いきつね色、ピンと立った美しい衣が軽やかで心地よい食感を生む。上品で華やかな香り、柔らかな脂をむぎゅっと噛みしめる快感。噛むほどに濃い旨味がわき出る。脂の主張はしっかりあるのに、喉の奥にするする吸い込まれていく不思議。自分史上最高の“ご褒美とんかつ”に、思わず目を閉じた。
唯一無二の美味しさの理由は数限りない。揚げ油は昼なら軽めに、夜なら食べごたえがあるように種のラードの配合を適宜変える。肉をふわりと包む生パン粉は、しっとり感をキープするため挽き目を指定、肉の甘さを引き立てるよう糖度を下げた特注品だ。愛しの六白黒豚160gは肩に近いリブロースを採用し、くどさは感じず、肉と脂の絶妙なバランスを堪能できる厚さになるよう心を砕く。揚げ油と客の顔をつぶさに見ながら、配膳に要する2分を計算して調理するのは当たり前。「鍋の中から肉が『もっと美味しさの精度を上げろ!』って指示してくるんです」(思いっきり真剣な目で)。その深い愛ゆえに、“良い顔”の肉をどんどん提供する。納得する肉が手に入らない日には店を閉めたこともある。「肉だけは絶対に嘘つきたくないから」。豚肉にどこまでも誠実なのだ。
美味しいとんかつのための工夫はまだまだある。藻塩と海塩のブレンド塩、茎わさびと鹿児島醤油、肉の旨味を殺さないよう酸味を抑えた自家製ソースなど、六白黒豚のポテンシャルを目いっぱい楽しめる仕様。さらに脇役も盤石の布陣で、具だくさんの黒豚豚汁も鹿児島で精米する艶々の白米も自家製漬物もハッとする美味しさ。まさに全方位隙なし、お見事。「目指すは“とんかつ定食の水戸黄門”(笑)。素晴らしく良くできた一話完結のとんかつ定食で、同世代の中高年に元気になってもらいたい。年を重ねても楽しめるメニューを考えて、とんかつと一緒に年を取っていきたいです」。とんかつの変態、もとい天才の目は輝いていた。
文:森本亮子 写真:本野克佳
※この記事の内容はdancyu2018年10月号に掲載したものです。