カルパッチョの真実~すべての皿には物語が隠されている~
コンソメもポタージュ?|カルパッチョの真実⑩

コンソメもポタージュ?|カルパッチョの真実⑩

今回のお題“ポタージュ”には、一体どんな真実が隠されているのでしょうか?私達が一度は食べたことのある、あんな料理やこんな料理には、隠された物語があることをご存知でしょうか?“知る”ことで、同じ料理が明日からちょっと美味しくなる連載をお届けします。

クリーミーでなくても、クリーミーでもスープはポタージュ

ポタージュとはクリーミーなスープのことである。○か?×か?と問われたら、日本国民のほとんどは迷わず○と即答すると思う。それはきっと、コーンポタージュのせいである。

ポタージュとはフランス語だが、その本家フランスで冒頭の問いをすると、おそらくフランス国民は迷うだろう。なぜなら彼らはクリーミーでもスープならポタージュと呼んでいるし、クリーミーでなくてもポタージュと呼んでいる。そう、ポタージュとは、実はスープの総称なのである。ポタージュスープというとフランス人にはスープスープと聞こえてしまうからやめたほうがいい。澄んだスープをポタージュ・クレールと呼び、その分類の中にコンソメも入る。コンソメもポタージュの一つなのだ。トロトロクリーミースープのことは、ポタージュ・リエと呼び分ける。

ポタージュのポは“pot”で鍋の意味。もともとは鍋で煮込んだ肉や魚、野菜の具を含んだ料理までさしていたそうだ。近代フランス料理の神様といわれるオーギュスト・エスコフィエの『LE GUIDE CULINAIRE(ルギード キュリネール、料理の手引き)』にしっかりそう書いてある。

エスコフィエはフランス料理に通じる人なら誰もが知っている世紀の偉人で、グランシェフであるだけではなく、複雑なフランス料理を研究し、体系化してきた人物である。ポタージュ研究にも情熱をささげたようで、何ページにもわたって400種類以上のレシピを載せて、当時の美食家の言葉を引用する形でこうも述べている。

「正餐におけるポタージュは建築における柱のようなものだ。正餐で最初に出される料理というだけではなく、宴会の正しい観念を与えるやり方で調理すべきである」

つまりポタージュはその日の料理のすべてを決めるほどの重要な役割を担っているひと皿というのだ。「懐石料理の華は煮物椀」という概念に通じる。

だから日本の先人たちはポタージュという響きに敬意を表したのだろう。数あるポタージュを、たぶん最初はとろみの有無に関係なく、いわゆるスープとしてつくってきたはずだが、なぜかコーンでつくるクリーミーポタージュがもっとも市民権を得た。ファミリーレストランにコーンポタージュが用意され、カップスープのCМにもトロトロのコーンポタージュがよく登場する。ポタージュの「ポ」という温かい響きも手伝ってか、ポタージュとはそういうものだと日本人にしっかりと刷り込まれることとなった。しかし実はこのクリーミーコーンポタージュ、フランスでもコーン大国アメリカでも見当たらない。エスコフィエの本にももちろんない。もしコーンポタージュがあったら、フランス人もポタージュクリーミー説に○をつけていたかもしれない。

本と紅茶
ちなみに
スープという言葉はもともと、肉や野菜を煮込んだものにパンを入れてふやかした粥状の料理をさしていた。だからスープにパンは不可欠。クルトンを浮かせるのもその名残。

著者

土田美登世 編集者・ライター

土田 美登世 編集者・ライター

あるフレンチシェフがつくったグリーンアスパラガスのポタージュが人生最初の衝撃ポタージュ。色がきれいで味わいも濃厚。プロの技を見た。

文:土田 美登世 写真:加藤 新作 料理:田中 優子

※この記事はdancyu2018年12月号に掲載したものです。

土田 美登世

土田 美登世

ねちっこい取材をウリにする食ライター。著書に『やきとりと日本人』(光文社)など。好きなカルパッチョは馬肉。