今回のお題“から揚げ”には、一体どんな真実が隠されているのでしょうか?私達が一度は食べたことのある、あんな料理やこんな料理には、隠された物語があることをご存知でしょうか?“知る”ことで、同じ料理が明日からちょっと美味しくなる連載をお届けします。
ご当地グルメで必ず出てくるほど日本中で愛され、国民食となった「から揚げ」は、カラッと揚げるからから揚げと呼ぶのではない。漢字では“唐揚げ”“空揚げ”の二通りの書き方をし、この漢字に名前の秘密がある。
唐揚げと書くのは一説によると「唐から来たため」。揚げるという技術は奈良時代に中国の唐から遣唐使経由で日本に伝わったので、その唐の文字をとって唐揚げと呼んだというのだ。唐のままでもいいのだが、“空”も“から”と読めるのでその漢字を当てて空揚げとも使われるようになったという。
ただ、から揚げという言葉があったからといって、それは「鶏を揚げたもの」をさすわけではない。野菜や肉、あるいは豆腐などを揚げたものであったし、揚げてから煮て味をつけたものもから揚げと呼んでいた。
日本人が鶏を食べるようになったのは文献上では江戸後期からであり、それでもまだごくごく一部。それが、一般的に鶏を食べ、から揚げにもするようになったのは、それからずっと後、昭和年代後半にアメリカからブロイラーが入って、日本の食卓で鶏肉が広く食べられるようになってからである。おそらく最初は、他のから揚げと区別するために「鶏の」をつけていただろうが、鶏のから揚げがあまりにもポピュラーになって、いつしかから揚げ=鶏肉になった。
とはいえ、から揚げと呼ばない地方もある。有名な愛媛県今治市の「センザンキ」と北海道の「ザンギ」だ。
愛媛のセンザンキのいわれについては諸説あるが、戦後、満州からの引き揚げ者が現地で教わった料理を飲食店で提供するようになったことに始まるという説が腑に落ちる。中国料理で揚げた骨付き鶏肉を意味する「清炸鶏(センザーチ)」が発音しやすく、なまってその名があるという。
北海道のザンギは、昭和年頃、ブロイラーの売り込みがあった釧路市内の焼鳥店「鳥松」で、鶏を一羽丸ごとぶつ切りにし、油で揚げたのが最初といわれている。センザンキと同様、中国料理で揚げた鶏肉を意味する「炸鶏(ザーチ)」がなまってザンギとなり、このエリアで一般化した。
こうなるとたいてい、から揚げとセンザンキ、ザンギの違いは何か?という論争が出てくる。しかしいずれも鶏肉を独自のタレにくぐらせ、あるいは漬け込み、揚げたものだ。タレの中身、揚げ時間など、個性はあるが、から揚げの学術的な定義は「小麦粉やでんぷんをまぶして揚げたもの」とあるので、から揚げもセンザンキもザンギも呼び方は違うが結論としては「一緒」である。しかし、その地方の人たちは絶対に「違う」と言い張る。ゆずらない主張を持たされることも、から揚げがご当地グルメとなり得た魅力だ。
わが家のから揚げは日本酒と醤油を1対1で混ぜ合わせたタレに、漬け込まないでさっとくぐらせ、薄力粉をまぶして揚げるだけ。これで十分。
文:土田美登世 写真:加藤新作 料理:田中優子
※この記事はdancyu2019年6月号に掲載したものです。