最終回のお題“ロッシーニ風”には、一体どんな真実が隠されているのでしょうか?私達が一度は食べたことのある、あんな料理やこんな料理には、隠された物語があることをご存知でしょうか?“知る”ことで、同じ料理が明日からちょっと美味しくなる連載をお届けします。
ビーフステーキにフォワグラにトリュフという、高級食材ビッグ3を積み重ねた超ゴージャスなフランス料理がある。二百年も前、ひとりの作曲家によって考案された。その名を「牛フィレ肉のロッシーニ風」という。考案者の名がそのままつけられた。
1792年、イタリアの田舎町、ペーザロに生まれたジョアキーノ・ロッシーニは、『セビリアの理髪師』『ウィリアム・テル』など次々にオペラをヒットさせ、名声と富を得た人物だ。当時のヨーロッパ社交界においてオペラはもっとも華やかな娯楽だったので、有名なオペラ作曲家であるロッシーニは貴族たちに、それはそれはちやほやされた。「あなたと一緒にご飯を食べたい」と晩餐会にも誘われていると当然、その時代で最高と謳われる料理を数多く知る機会もあった。特に彼が生きた世紀は、フランスの美食文化が花開き、ヨーロッパ中を席捲した時代だといわれている。どこへ行ってもさぞかし贅沢なフランス料理が並んだはずだ。
いつしかロッシーニは料理に夢中になり、なんと作曲をやめてしまった。そして美食家としての道を邁進したのである。そしてパリに移住し、自らも美食サロンを主催した。もちろん、もともとの食いしん坊気質があってのことだ。ロッシーニは青年時代、イタリアのボローニャで音楽の勉強をしたのだが、肉屋さんに下宿し、サラミやソーセージに夢中になったという逸話もある。
さて、美食家ロッシーニは、フランス料理史において最高の料理人とされるマリーアントワーヌ・カレームと親交があり、カレームからの信頼も厚かったことが知られている。こうなると、無敵のグルメだ。レストランへ行く度に、あるいはサロンを主催する度に「ロッシーニさん、どういう料理がいいでしょうか」「君、こういう料理を作り給え」といった会話が料理人とさまざまに繰り返されたはずだ。実際、ロッシーニ風と名付けられた料理は数百もあるといわれている。
そのなかで一番有名なものが、冒頭のひと皿である。パリのあるレストランで料理長に渡したとされ、今も伝えられるレシピがこれだ。
「厚さ二センチほどの牛フィレ肉のまわりをひもで縛って形を保ち、塩、胡椒をふってバターで両面を焼く。バターで揚げ焼きしたパンの上に焼いた牛フィレ、フォワグラ、トリュフを重ね、マデラ酒入りの肉汁ソースをかける」
シンプルに見えるが実は技術を要する。そしてこの濃厚さを上品にまとめる味のセンスも必要だ。それゆえフランス料理の世界では古典料理として長く大切にされてきた。作曲家が描いたレシピという楽譜を奏でられるのは、やはりすぐれた料理人なのだ。
料理に秘められたストーリーを知っていると、さらにおいしく感じるし、会話の糸口になって食卓は盛り上がる。これまでの連載をまとめたいと、さらなる真実を追求中。
文:土田美登世 写真:加藤新作 料理:田中優子
※この記事はdancyu2019年7月号に掲載したものです。