カルパッチョの真実~すべての皿には物語が隠されている~
鮨屋の隠語の話|カルパッチョの真実㉒

鮨屋の隠語の話|カルパッチョの真実㉒

今回のお題“鮨”には、一体どんな真実が隠されているのでしょうか?私達が一度は食べたことのある、あんな料理やこんな料理には、隠された物語があることをご存知でしょうか?“知る”ことで、同じ料理が明日からちょっと美味しくなる連載をお届けします。

鮨屋の符丁

鮨屋では隠語が飛び交う。“ネタ”“シャリ”“ガリ”“オアイソ”など、これらすべて隠語である。特定の仲間の間だけで通じるように仕立てた言葉のことで、符丁ともいう。

職業と結びつけばそれは業界用語と呼ばれ、アゴ(食費)アシ(交通費)付きやバラシ(片づけ、キャンセル)といった言葉もその部類。バブル期のテレビ業界でのパイオツ(オッパイ)、ギロッポン(六本木)なんてもうギャグだろうが、やっぱり業界用語を使いこなせるとかっこいい。ハードルが高い「鮨屋」という聖域でそれを使いたくなる気持ちはわからないでもない。だが、業界用語がギャグになるように、素人が使う「知ったかぶり」は滑稽なのだ。鮨屋で隠語を使うことは粋でもなんでもなく「ザギンでシースー」と基本的には変わらない。

エッセイストの里見真三氏は言う。
「カネを払う客が媚び諂(へつら)って、カネを頂く立場にある職人の隠語をシタリ気に用いる必要は毫(ごう)もない」

里見氏は鮨に関する著作の中で職人の語り以外の地の文では隠語を使っていない。ただ、氏に同行したとき、“ガリ”は困ると言っていた。もう一般的な言葉になって「酢生姜」というと逆に違和感があるからだ。ガリは生姜を齧るとガリガリするからそう呼ばれる。

文芸評論家の重金敦之氏の著書『すし屋の常識・非常識』にも隠語は出ない。鮨ネタではなく「たね」だ。“ネタ”は業界用語の基本法則である「逆さ法」で、たねをひっくり返しただけ。“シャリ”は鮨飯のことで漢字で書くと“舎利”。古代インドのサンスクリット語からきているとされ、火葬後に残る米粒状の骨と似ているから遺骨を意味する“シャリーラ”か、米を意味する“シャーリ”か、説は分かれる。“ムラサキ”とは醤油。器に注がれた色が紫色に見えるから。“ギョク”は玉子焼き。玉子の「玉」の音読み。“アガリ”はお茶。遊郭で最後に出すお茶を「上がり花」と呼び、その略語だ。

ガリと同様、隠語で悩むのは“ゲソ”や“ツメ”。ゲソとはイカの足のことだが、脱いだ履物を「下足(げそく)」と呼んだことに因む。意味を知ると使いづらいが、「イカ足ください」はもっと言いづらい。“ツメ”はタレのことだが、「煮詰める」ことに意味があるので、逆に「タレ」とは呼びづらい。

ただ会計時に客が使っている“オアイソ”に関しては使わないほうがよさそうだ。漢字にすると「お愛想」。本来は「お金を要求するなんて愛想のないことでごめんなさい」という気持ちで使う完全なる店側の言葉である。だから客が使うと、店側に愛想を要求していることになる。

なかなか深い隠語の世界。まだ書きたいが、“ケツカッチン”なのでこの辺で。

鮨
ちなみに
隠語は秘密をばらさない目的で使われる。政治家が使う“コンニャク”は金銭100万円の意味。森友問題で頻繁に出てきて、一気に「陽語」となった。

著者

土田美登世 編集者・ライター

土田 美登世 編集者・ライター

興味を持つとガムシャラに取材をしたがる食ライター。先日立ち寄った鮨屋で小学生が「大トロお代わり。ちょっと炙って」と注文しているのを聞いて、思わず隣の親をガン見した。

文:土田美登世 写真:加藤新作 撮影協力=「すし晴海」(銀座)

※この記事はdancyu2018年1月号に掲載したものです。