東新宿にある「新田裏(しんでんうら) とり辰」は焼鳥好きが高じて店を開いた元板前が営む店です。和食のように端正で上品な味付けが楽しめます。
「何で焼鳥屋を始めたのか、ですか?好きだからですよ(笑)」
串を炭焼き台に並べながら、はにかむような笑顔で店主の伊藤辰宣さんがつぶやいた。三十余年にわたる和食の板前から転身し、それから10年。
「焼鳥屋って、赤提灯の大衆店か、一人一万数千円もする高級店に二極化してるじゃないですか。それで、リーズナブルだけど、ちゃんとした料理に仕上げた焼鳥を出したいと思ったんです」
なるほど、前菜と串5本のコースは2500円と手頃。単品でも頼める。
焼鳥屋での修業は、オープン前に都内の焼鳥店に通って炭の扱いを中心に勉強させてもらっただけ。それをベースに我流で試行錯誤してきた。
「炭焼き台の中に、火力の強弱がつくよう炭を配置します。灰の置き方でも火の強さは変わってくるんです」
炭のサイズはまちまち。手間もかかるし無駄も出る。「でも、そこが大事だと思うんで」さりげない一言に料理人としての芯がキラリと光った。
焼鳥は、冷めないように温かい陶板の上に一本ずつ提供される。ももは皮の部分をパリッと焼き込んであるのに対して、中の肉は柔らかく旨味がたっぷり。ひざは軟骨もあるため食感も重層的で、筆者の好みど真ん中。
「皮はぼんぼち周辺の分厚いものを使っているので、脂が抜けるとしぼむんです。ぜひ熱いうちにどうぞ」
基本は塩。「タレ主体ならもっと安い鶏でも十分なんですけどね」という鶏肉は、3種類を使い分ける。焼鳥には、脂の美味しい京都の赤鶏。もものたたきには味のある宮崎地鶏の親鳥。そして煮こごり等の加工品にはジューシーな大山鶏。つくねは3種をミックスしている。一品料理も端正で上品な味つけだ。控えめすぎず出すぎず、腕に自信があるからこそであろう。作業の合間に店主が小まめに拭く焼き台まわりはいつもピカピカ。料理も酒も適度に品数が絞られており、メニューは見やすく、すべてが程よく心地よい。
「新宿のオフィス街にありますが、遠方からわざわざ来てくれる常連の方もいらっしゃいますよ」
やはり。日を置かずにまた来たいと思う、いい店に出会えた。
宮崎地鶏のもものたたき1,080円。強い弾力を感じる歯ごたえで、鶏肉というより赤身の肉のような、強い旨味がほとばしる。常連さんはほぼ全員注文する一品。
文:田中邦和 写真:本野克佳
※この記事の内容はdancyu2019年11月号に掲載したものです。