「クロタン・ド・シャヴィニョル」を楽しむには、サンセールワインが欠かせないという。シェーヴルチーズは、山羊のミルクでつくられたチーズです。独特の酸味と香りが特徴で、フレッシュタイプから熟成タイプまで、さまざまな種類が楽しまれています。今回は、フランスのロワール地方にあるシェーヴルチーズの生産地、シャヴィニョル村を訪ねました。こういうときこそ、食のことをじっくり勉強するいい機会です。チーズ好きに贈る、シェーヴルチーズのつくり方や味わい方。チーズとワインをお家でじっくり味わいながら、現地取材ルポをお読みください。
ロワール・サントル地方南西部、サンセールの丘の麓にあるシャヴィニョル村で生まれたAOC、AOPシェーヴルチーズ「クロタン・ド・シャヴィニョル」。このチーズに欠かせないものといえば、サンセールワインをおいてほかにない。ソーヴィ二ヨン・ブランの爽やかな酸味、ハーブのような上品で洗練された香り、ミネラル感豊かな白ワインは、シェーヴルチーズの風味と見事に調和する。
「サンセールのワインは特別なときに開けたいワインというよりも、いつもそばに置いておきたいワイン。2杯、3杯と飲み続けたくなる。気のおけない友だちと、いつものシャヴィニョルをつまみに楽しみたいワインなんです」
そう話すジュリ・ルメさんの自宅の冷蔵庫には、常に熟成具合の異なる3、4種類のシャヴィニョルが入っている。日本でいえば突き出しや常備菜に似た存在だろうか。ワインの友としては当然のこと、朝昼晩に関わらず頻繁に食卓に上り飽きさせない。
サンセールワインの造り手は元々、三代も前に遡れば、どのドメーヌもほとんどが小麦や畜産も行なう兼業農家だったそうだ。葡萄をつくるかたわら、農家の女性たちが山羊の世話をしながらつくるチーズは、日々の食料として、また収入を補う糧として大切なものであった。やがて、男性たちがワインの生産に軸足を移すようになると、女性たちはそれまでの経験を生かして小さなチーズ工房を立ち上げるようになる。その背景には、以前にもふれたようにフィロキセラによる大打撃と、第一次世界大戦によって男手が極端に減少したことも影響しているという。
現在、サンセールで「クロタン・ド・シャヴィニョル」をつくっている工房のほとんどは、そうした女性オーナーからのスタートである。前回、紹介したロマン・デュボワさんの工房は、男性が立ち上げ、代々引き継がれてきたという点では、むしろ異色といえるのかもしれない。
地元が誇るシャヴィニョルは、毎日のアペリティフに、またワイン会やワイン生産者のプレゼンテーションにはなくてはならない存在だ。
「地元では若いシャヴィニョルを買って来て、壺に入れてワインセラーで熟成させるワインの生産者もいます。そうして熟成させたチーズをテイスティングの際にふるまう人が結構いるんですよ」(ジュリ・ルメさん)
チーズが若いうちはサンセールの白、熟成するにつれてピノ・ノワールでつくるチャーミングで上品なロゼや赤を合わせる。またシュナン・ブラン種でつくるふくよかな甘口ワインとも相性がいいそうだ。
もちろん家庭料理にもシャヴィニョルは多く使われている。日本のビストロなどでもときどき見かける、オーブンで香ばしく焼いた熱々のシェーヴルチーズをのせた“クロタンサラダ”は特に有名だ。地元ではキッシュにもシャヴィニョルをたっぷり加える。爽やかな酸味が後を引き、一度食べるとこれなしでは物足りないほど。若いシャヴィニョルは果物のコンフィやジャム、はちみつと。また、フライ、グラタン、ラザニアなどにも程よく熟成したシャヴィニョルがよく使われる。
熟成別に楽しめるクロタン・ド・シャヴィニョルは、世界で最も愛されているシェーヴルチーズである。シャヴィニョルは、今がまさに旬。完璧なマリアージュで迫るサンセールのワインや、幅広い熟成に寄り添う日本酒とともに楽しめば、その奥深さにきっとはまることだろう。
文:瀬川 慧 写真:水島 優 協力:Juli & Benoit ROUMET