シェーヴルチーズ物語
フランスで愛される「クロタン・ド・シャヴィニョル」のつくり方

フランスで愛される「クロタン・ド・シャヴィニョル」のつくり方

フランスで一番愛されるシェーヴルチーズ「クロタン・ド・シャヴィニョル」は、どのようにできるのでしょうか?シェーヴルチーズは、山羊のミルクでつくられたチーズです。独特の酸味と香りが特徴で、フレッシュタイプから熟成タイプまで、さまざまな種類が楽しまれています。今回は、フランスのロワール地方にあるシェーヴルチーズの生産地、シャヴィニョル村を訪ねました。こういうときこそ、食のことをじっくり勉強するいい機会です。チーズ好きに贈る、シェーヴルチーズのつくり方や味わい方。チーズとワインをお家でじっくり味わいながら、現地取材ルポをお読みください。

「クロタン・ド・シャヴィニョル」はシャヴィニョル村原産

ベリー地方(サントル地方南西部)で最も有名なシェーヴルの名前の由来となった、シャヴィニョル村。

5月、サンセールの麓に広がる葡萄畑には薔薇と葡萄の可愛い花が咲き乱れ、甘酸っぱいいい匂いが一帯に漂う。そこから車で15分ほど行くと、「クロタン・ド・シャビニョル」の故郷、シャヴィニョル村がある。AOCシャヴィニョルの産地は、サンセールの産地と重なっており、シャヴィニョル村とその周辺でつくられたシェーヴルだけが“シャヴィニョル”を名乗ることができるのだ。

サンセールの丘の麓に広がる美しい葡萄畑。石灰岩質から粘土質までさまざまな土壌が複雑に入り組んだ土壌が、おいしいワインとシェーヴルチーズを育む。

もともと古くから山羊の飼育が伝統的に行われてきたこの地方で、シェーヴルづくりが盛んになったのには理由がある。19世紀末、アメリカ原産の葡萄の樹からもたらされたアブラムシ“フィロセキラ”により、フランスの葡萄畑は壊滅状態に追い込まれた。資料によれば、1885年のフランスワインの収穫量は8000万ヘクトリットルから、2500万ヘクトリットルにまで落ち込んだといわれている。

最終的にはフィロキセラに自然耐性があるアメリカの台木にフランスの葡萄の樹を接ぎ木することで、この大災害から復興するのだが、当然のこと、この地でも葡萄畑が使いものにならなくなったため、畑に山羊を放牧。収入を補う糧として、それまで以上にシェーヴルづくりが盛んに行なわれるようになった。

ちなみにサンセールで本格的なチーズ工房を立ち上げたのは女性たちである。フィロキセラや第一次世界大戦で男手が激減した際に、女性たちは独立して手に職を持ち、初めてオーナーになったのがチーズ工房だった。地元の女性たちは、今でもそれを誇りにしている。

山羊を飼育してミルクを搾り、チーズをつくる“fermier(フェルミエ)”

家族経営の山羊農場「LA FERME DES CHAPOTONS」。隣にはチーズ工房も併設されている。

この日訪ねたのは、パトリシア・ゴドンさん一家が営む農場「LA FERME DES CHAPOTONS」(シャポトン農場)である。父親の代までは牛と豚を飼育する家畜農家だったが、1984年からは240ヘクタールの牧草地で山羊約150頭を育てて、シェーヴルづくりに励んでいる。

現在は褐色のアルピーヌ種が主流だが、たまに先祖返りをして別の色が混じった山羊が生まれることも。美しい田園に囲まれた石灰岩粘土質の牧草地は、草食動物である山羊にとっておいしい草花が豊富にある理想的な環境だ。

山羊の群れ。牡は生まれると仔山羊のうちに売却されるため、雌30頭に対して、牡1頭の割合。

毎年、冬から初春が山羊の繁殖期間。妊娠すると約5ヶ月で仔山羊が生まれ、春から秋にかけて母山羊はたっぷり乳を出す。搾乳量は1頭あたり1日平均2.5L、多い山羊だと1日3L搾乳できるという。搾乳できるのは1歳から、おおよそ3~4年間。母山羊は搾り続けているとずっとミルクが出るというから、出産前の3ヶ月と日曜日は搾乳が休みと聞いて何だかホッとする。

山羊の性格は穏やかで好奇心が強く、何でも食べたがる食いしん坊。この農場の山羊は人懐っこく、人が来ると餌をもらえると思って近寄ってくる。

早朝5時30分、餌を食べさせながら搾乳した後は夕方まで放牧。16時30分に再び搾乳し、餌を与えて屋内に戻す。AOC認定のため、餌となる草花、シリアル、干し草などは、地域のもの以外は食べさせないのが決まりだ。

「春から秋にかけては芽吹いたばかりの草花や木の実がたっぷりある季節なので、毎日山羊を外に出して食べたいだけ食べさせるようにしています。それによってミルクの品質がとても良くなりますから、シャヴィニョルの味も最高なんです」と、農場の責任者であるシルヴァンさんは誇らしげに語る。

搾乳した山羊乳はタンクの中で湯煎によって低温殺菌される。牛乳よりもカロテンが少ないため純白に近く酸味がある。低温殺菌されたミルクは、そのまま隣にあるチーズ工房へ運ばれる。

搾ったミルクはパイプを伝って濾過され、大きなタンクに送られる。そこでムラが出ないように攪拌しながら湯煎で低温殺菌。その後、殺菌したミルクを隣にあるチーズ工房へ運び、乳酸菌を加えて乳酸発酵を促す。さらに極少量のレンネット(凝乳酵素)を加えて、48時間静置しゆっくりミルクを凝固させる。栄養たっぷりの上澄みのプティ・レ(ホエー)は赤ちゃん山羊にあげるという。

時間が経つにつれて次第にミルクが凝固していく。

おぼろ豆腐のように柔らかなカード(凝乳)の状態に固まってきたら、布の上にのせて生地がきめ細かくなるように均一に濾す。その後、やさしく揺するようにしてファイセル(faisselles)と呼ばれる穴が空いた型に入れる。そのまま置いて、途中1回だけ上下をひっくり返し24時間脱水させる。シェーヴル特有のホロホロと崩れる生地や酸味は、こうした製法によるところが大きい。

24時間に1回だけ型を反転させ、静かに脱水させる。
型から抜く場合は形が崩れないように勢いよくポンと落としてはずす。まだふっくらしている。シャヴィニョル専門の熟成士には、このままの状態で出荷することも。

型から出した後は、まんべんなく表面に塩をまぶして手で成形し、熟成庫で何度も回転させながら乾燥させる。AOCでは少なくとも10日間はこのまま保管してから出荷することが定められている。

つくりたてのシャヴィニョルはクリーミーでマイルド。その爽やかな味に、悠々と若草を喰む山羊の姿が重なる。ああ、サンセールの白ワインが飲みたくなってきた。

フェルミエの手づくりシェーヴルは個性豊か

右から、働き者のお母さんのパトリシア・ゴドンさん。フランクさん、シルヴァンさん兄弟。「LA FERME DES CHAPOTONS」では山羊農場とシェーヴル工房とともに、葡萄栽培とワイン醸造、穀物の栽培など幅広く手がけている。

自ら育てた山羊のミルクを搾り、伝統的な製法でつくるシャポトン農場のシャヴィニョルは、手づくりの農家製を意味する“fermier(フェルミエ)”として、半分は直売。残り半分はフロマジュリーや熟成士のアトリエに卸され、さらに何段階にも熟成されるという。

春から秋にかけて旬を迎えるシェーヴルも、現在は冷凍技術の進歩により1年中製造することが可能になっている。ここシャポトン農場でもクリスマスなどの繁忙期には、冷凍乳と生乳を合わせて多めにつくることもあるそうだが、AOCの規定により冷凍乳を使用した場合は“fermier”の表記は使えないという。

500種類ほどあるフランスチーズのうち、高品質の証である原産地呼称統制のAOC、AOPを取得しているのはわずか45種(2018年9月現在)。牧畜地域から生産時期、製法、熟成期間までを定めた独自のテロワールの厳しい基準があればこそ、信頼のおける品質が守られているのである。

次回は、いよいよ「クロタン・ド・シャヴィニョル」の最大の魅力である、専門の熟成士によるアフィナージュ(熟成)の現場を訪ねる。

出来上がった「クロタン・ド・シャヴィニョル」は、工房内のブテックでも購入が可能。もちろん試食もできる。

文:瀬川 慧 写真:水島 優 協力:Juli & Benoît ROUMET

瀬川 慧

瀬川 慧 (ライター)

得意分野は料理、ワイン、食文化、旅、歴史など。単行本の企画、編集、執筆に『日本料理 銀座小十』(世界文化社)、『野﨑洋光の野菜料理帳』『里山に生きる「土樂」の食と暮らし』『懐石小室に教わる 一生ものの和のおかず』(家の光協会)、『和食神髄 小室光博』、『「すし」神髄 杉田孝明』(プレジデント社)などがある。