シェーヴルチーズ物語
熟成で本領を発揮する「クロタン・ド・シャヴィニョル」

熟成で本領を発揮する「クロタン・ド・シャヴィニョル」

熟成によってさらに旨味が増す、フランスで一番愛されるシェーヴルチーズの「クロタン・ド・シャヴィニョル」。そこには専門の熟成士がいるのです。シェーヴルチーズは、山羊のミルクでつくられたチーズです。独特の酸味と香りが特徴で、フレッシュタイプから熟成タイプまで、さまざまな種類が楽しまれています。今回は、フランスのロワール地方にあるシェーヴルチーズの生産地、シャヴィニョル村を訪ねました。こういうときこそ、食のことをじっくり勉強するいい機会です。チーズ好きに贈る、シェーヴルチーズのつくり方や味わい方。チーズとワインをお家でじっくり味わいながら、現地取材ルポをお読みください。

「クロタン・ド・シャヴィニョル」の熟成士を訪ねて

チーズの入った箱を運ぶ女性

山羊のミルクに極少量のレンネット(凝乳酵素)を加え24時間自然脱水すると、シェーヴル特有のホロホロと崩れる美しいきめを持つフレッシュチーズが出来上がる。

これだけでも十分においしそうなのだが、この後に行なう塩漬けと“アフィナージュ(熟成)”によって、「クロタン・ド・シャヴィニョル」にはさらに独特のおいしさが備わる。しかも熟成のどの過程でも、それぞれに異なる味わいが楽しめるというのだからうれしいではないか。

その工程を見学に、今も昔ながらの伝統的な製法を守る熟成士のロマン・デュボワさんの工房を訪ねた。

空を背景にした建物
地元で1896年からシェーヴルチーズ工房を営んできたデュボワ家の5代目、ロマン・デュボワさんの店と工房。

以前はワイン醸造に使われていた建物だというロマンさんの工房は、とても清潔で空調もしっかり完備され、一歩足を踏み入れると肌寒いほどヒンヤリしている。

まずは、農家から届いたばかりの出来たてほやほやのフレッシュチーズに、サラサラの塩をまんべんなくまぶし、おにぎりを握るようにしてギュッギュッと形を整える。クロタン・ド・シャヴィニョル専門の熟成士であるロマンさんの工房では、最初の工程である塩漬けの段階から手がけているのだ。

並べたチーズ
農家から届いた、できたばかりのフレッシュなシェーヴルチーズ。
塩をまぶす女性
表面にまんべんなく塩をまぶす。1つ1つ丁寧に手作業で行なう。塩に刺してあるのは、手のひらに付いた塩をこそげ落とすナイフだ。
チーズを握る手
おにぎりを握るような感じで、両手のひらでクロタン形に成形する。
並んだチーズ
左が塩をまぶして成形したもの。右は成形前のフレッシュなシェーヴル。

塩漬けしたシェーブルは最初の熟成室に運び入れ、3、4日間ほどそのまま放置し、その後、6日~12日間じっくり乾燥させる。その間、毎日、熟成室の風の流れをこまめにチェック。外側に並んでいるもののほうが乾燥が早いため、棚を移動させながら、1つ1つ手で角度を変えていく。

チーズの並んだ棚
外皮の乾燥具合などを細やかにチェックする。熟成室は平均11℃、湿度80%。ひんやりと涼しく風が通る環境だ。
並んだチーズ
約1週間後、次第にシェーヴルの外側の水分が蒸発し乾燥してきた。

藁を敷いた木箱の中に並べて熟成させる、伝統的な製法

十分に外皮が乾いたら別の熟成室に移し、伝統的な方法にのっとり藁を敷いた木箱の中に並び替えて、ゆっくり熟成させていく。シェーヴルの表面を次第にカビが覆い、それぞれに個性豊かな表情が生まれるのもこの頃だ。

ここからは毎日、微細にカビの状態や柔らかさなどをチェック。頻繁に木箱や位置を並び替えながら、それぞれを最高の状態まで熟成させていく。多くのチーズ工房が作業効率を優先して機械化が進む昨今、鋭い観察眼と手間暇を要するこの作業こそが熟成士の腕の見せどころなのだ。

並んだチーズ
藁を敷いた木箱に移して熟成中の「クロタン・ド・シャヴィニョル」。熟成具合を見ながら頻繁に位置を移し替える。

「チーズは生き物なので、何日経ったらこう変化するということは目安でしかありません。一番の人気は“ブルー”。誰にでも愛される1ヶ月半熟成のブルーです。それから先はその人の好みによってさまざまです」

そう話すロマンさんの工房では、酸味が爽やかなフレッシュなものから、とろりとまろやかになったもの、乾燥して味が締まり濃厚なコクがあり複雑味が増したものなど、7段階もの「クロタン・ド・シャヴィニョル」をつくっている。

次回は、各熟成段階について、じっくりとご紹介します。

チーズの並んだ箱を持つ男性
ロマン・デュボワさん。工房に併設された店内には熟成別のクロタン・ド・シャヴィニョルがずらりと並んでいる。

文:瀬川 慧 写真:水島 優 協力:Juli & Benoit ROUMET

瀬川 慧

瀬川 慧 (ライター)

得意分野は料理、ワイン、食文化、旅、歴史など。単行本の企画、編集、執筆に『日本料理 銀座小十』(世界文化社)、『野﨑洋光の野菜料理帳』『里山に生きる「土樂」の食と暮らし』『懐石小室に教わる 一生ものの和のおかず』(家の光協会)、『和食神髄 小室光博』、『「すし」神髄 杉田孝明』(プレジデント社)などがある。