今回は「クロタン・ド・シャヴィニョル」の熟成段階のお話です。シェーヴルチーズは、山羊のミルクでつくられたチーズです。独特の酸味と香りが特徴で、フレッシュタイプから熟成タイプまで、さまざまな種類が楽しまれています。今回は、フランスのロワール地方にあるシェーヴルチーズの生産地、シャヴィニョル村を訪ねました。こういうときこそ、食のことをじっくり勉強するいい機会です。チーズ好きに贈る、シェーヴルチーズのつくり方や味わい方。チーズとワインをお家でじっくり味わいながら、現地取材ルポをお読みください。
「クロタン・ド・シャヴィニョル」は熟成度合いによってさまざまな味が楽しめるのが特徴だ。AOCの規定では、指定する産地内において乾燥と熟成は最低10日間から。低温で風通しのいい室内で行なう。
若い順から熟成別に紹介しよう。
このほか、さらに熟成が進んだ“ルパセ”と呼ばれる、壺に入れて密封熟成した古漬けの梅干を思わせるねっとりタイプのものもあり、その豊かで個性的な味わいは目を瞠るほどだ。
「1つ1つ風の当たり方や乾燥・熟成状態を見ながら、毎日場所を動かします。藁の上では水分がゆっくり蒸発して、自然の白カビや青カビによってバランスよく熟成させることができます。熟成するにつれて水分が失われ、山羊乳特有の酸味がやわらぎ、旨味とコクが生まれます。1ヶ月ほど経つとシャンピニオンや草の香りがしてきます。熟成が進んだものは濃厚なミルクの味と爽やかな酸味、ヘーゼルナッツのようなコクがあります」とロマンさん。
なかでも、専用の陶器製の壺に入れて密封熟成させた“ルパセ”の風味は、独特で強烈だ。鼻に抜けるピリッとした辛味は、山葵にも通じる。
「これと一緒にサンセールの赤ワインを飲むと、ワインのミネラルとチーズの塩味がよく合ってびっくりします。日本酒にももちろん合う。以前、ロマンさんの父親のジルさんにさまざまなシャヴィニョルと日本酒のマリアージュを試してもらったところ、『ワインはチーズの熟成状態に合わせて種類を変えなければならないけれど、日本酒はこれ1本であらゆる熟成に合う、これはすごい!』と喜んでくれました。それ以降、サンセールの人たちはすっかり日本酒好きになったんですよ」と嬉しそうに話すのは、案内してくれたサンセール在住のソムリエールのジュリ・ルメさんだ。
熟成士のロマン・デュボワさんについて少し話そう。
ロマンさんは1896年にシャヴィニョル村で最初にシェーヴルチーズ工房を立ち上げた初代のモーゼ・ブーレイさんから数えて、5代目に当たる。1922年にモーゼさんが亡くなった後に、妻のレオンティーヌさんが工房を引き継ぎ、その後、義理の息子であるジョルジュ・デュボワさんの代に工房の名前を「デュボワ・ブーレイ」と改めた。
その後、ロマンさんの祖父に当たるアンドレさん、「クロタン・ド・シャヴィニョル」の名熟成士として知られる父親のジルさんの代と続くが、工房の買収などもあってジルさんは引退。それをきっかけにロマンさんは独立し、2012年11月に新たにチーズ工房を立ち上げる。
時代とともに小さな工房が生き残っていくのが困難になり、大手が台頭し機械化が進む中で、風土に根ざした由緒ある伝統が失われることを憂いたロマンさんは、代々守り続けてきたやり方を復活させる。それが藁の上でゆっくりバランスよく熟成させていくという、昔ながらの手間のかかる製法なのだ。
父のジル・デュボワさんは、今でもときどきロマンさんの工房で作業を手伝うことも。現在は料理好きが高じて、素朴でシンプルでな料理とシャヴィニョルが楽しめる小さなレストラン「Au P’tit Gouter」を営む。日本のチーズ愛好家たちからも“伝説のチーズ職人”として慕われている有名人だ。
地元のマルシェに行けば1つ1ユーロほどで買える「クロタン・ド・シャヴィニョル」は、こうした専門の熟成士が手がけたものでもせいぜい2~3ユーロ程度。パリのような大都市では若干高くなるが、それでもフランス国内では比較的廉価ゆえ、気軽に熟成段階を楽しめるシェーヴルとして人々に愛されている。
【Romain Dubois】
Address:1262 Rue Champs 18300 SAINT-SATUR
文:瀬川 慧 写真:水島 優 Juli ROUMET 協力:Juli & Benoit ROUMET