こんなところに?と思うロケーションに立つ一軒家のビストロ。そこには、ワイン&フランス料理を福井の人々に親しんでほしいと願うひとりのソムリエがいました。
窓から見えるのびやかな風景が、一枚の絵のようだ。広々とした空と、少し雪をかぶった山々の稜線。のどかな田園地帯が広がっている。
そう、ここ「アルモニ ヴァンヴィーノ」は田んぼに囲まれたビストロなのだ。
福井で評判のビストロは、どこの駅からも歩くと20分以上はかかる辺鄙なところにあった。
のどかな田園地帯を貫く道を車で走ってくる間、一抹の不安を覚えたことは否めない。
だがどうだろう。この一軒家のビストロの駐車場は平日にも関わらず満車御礼。店内は女性客を中心に熱っぽい盛り上がりを見せていた。
窓の外はローカルな風景。店内はスマートな賑わい。どうにもそのギャップが気になる。
なぜこの場所に店を構えたのだろう?
オーナーは小寺直哉さん。名刺の名前の下には、「日本ソムリエ協会 ソムリエ」「宅地建物取引士」と添えられている。
はて、どういうこと?
聞けば、小寺さんは不動産会社の二代目。家業を継いで昼は不動産屋、そして夜はソムリエとふたつの顔を持っている。
「この建物はもともとは私のお客様が、息子さんのカフェ出店のために建てた一軒家なんです。そのカフェは閉店してしまいまして。私は大学卒業後は酒販店で7年働き、お酒の勉強、とくにワインの勉強にのめり込んでいました。ワインと食は切っても切り離せないもの。家業を継いだ後もずっと、ワインの愉しさを広める飲食店を営むことへの執着があり、ならば私が自ら店に立って切り盛りしていこうと腹を決めたわけです」
開店は、2016年12月のこと。
――ワインに親しむビストロでありたい。
そう決心した小寺さんは、お客が自身の手でワインを選べるウォークインセラーも造ってしまった。右腕となるシェフ、京都のフレンチレストランや福井のイタリアンで研鑽を積んだシェフの出会いがあり、小寺さんは俄然勢いづいた。
「一番のテーマは、居酒屋に行くくらいの気持ちでフレンチに親しんでいただくこと。ジャージで来るぐらい気軽さでいらしていただきたんです。田んぼの中の立地で車率が高いので苦戦はしていますが。ウォークインセラーのおかげで自宅用に買っていただく方も増えました」
ワインは5割がフランス産。ほかにイタリア、ドイツ、チリのワインが揃い、産地の特性がわかりやすいものを100種余り置いている。
料理は若狭牛やジビエ、越前蟹をはじめとする海の幸、地産の野菜などを生かし、「メインも付け合せも全部が主役」なのがモットー。居酒屋のような雰囲気の中で技術に裏打ちされた料理を提供している。
「地元の方たちに、フランス料理は高価なのではなく、ありとあらゆる手を加えて一番いい状態で召し上がっていただくという意味で、むしろコストパフォーマンスがいい料理だと伝えたいんです。福井の食文化の底上げをできたらうれしいと思っています」
ディナーは、アラカルト多めに揃え、ワインを愉しむ世界にどっぷり浸かれる。
不動産業とビストロ。少々かけ離れた業種のように思うけど、小寺さんにはその垣根はない。
「喜んでいただける、そして人生のワンシーンを彩らせてもらうという点で、私のなかでは共通しているのです」
窓の先には先と変わらずのどかな風景が広がっている。
でも、小寺さんの熱のこもった使命感のような意識に、ここは多くの食の悦びの伝道の場なんだ、と思い入った。
ーーおわり。
文:沼由美子 写真:出地瑠以