福井の足羽川(あすわがわ)沿いに立つイタリアンレストラン「シルバーノ」。 「本当のイタリア料理を知ってほしい」。イタリアからやってきたシェフは、その想いを胸に、今日も厨房で腕を振るいます。
マスッティ・シルバーノさんは、イタリアヴェネト州のヴェネツィアからやって来た。
初来日は1997年。一度は日本を離て海外で活躍するも2013年に再来日し、2017年8月に自身の店を開いた。日本で働いた年数を足し算すると、約10年。しかも空手は茶帯の実力。
これほど日本に精通していながら、彼の口から語られる言葉はイタリア語オンリー。チャーミングなキャラクターでコミュニケーションには長けているけど、しっかり説明が必要な時や細かいニュアンスを伝えるときは、共に店を切り盛りする妻の鍋木千代さんが頼り。
ワインや料理の説明は、ソムリエールでホールマネージャーを務める小西光貴さんが担当する。
「スタッフは自分の子供も同然だよ」とシルバーノさんが語るまんま、あうんの呼吸で通じ合うアットホームなオステリアなのだ。
シルバーノさんがレストランを開いて想うのは、福井で「本当のイタリア料理を伝えたい」ということ。
手がける料理は、自分の故郷であるヴェネト州の郷土料理を進化させたものだ。
「ヴェネツィアは水の都で自然豊かな街。フレッシュな魚介が多くて、福井と似ているところがありますね。僕はヴェネツィア出身なので魚にはうるさいの。毎朝、市場に魚介を仕入れに行っています。妻と一緒にね。福井は、カレイ、サバ、ブリ、サンマが多いですね。新鮮なものをいろいろな料理で試しています」
さっそく、ソムリエ資格も持つ彼の料理何品かを、合わせて幸せなイタリアワインと共に紹介してもらうことにしよう。
「黒いサンゴのような装飾は、イカ墨を焼き固めたもの。いつも、ちょっとした遊びがある料理に仕上げたいと思っています。私はキッチンからお客さんの反応を注意してみています。変わったものが登場したときのお客さんの驚きや笑顔が、僕の悦びになっているんです」
「スカンピ(手長エビ)の頭のソースがはいっています。濃厚な旨味があるでしょ?パルミジャーノレッジャーノチーズとパセリを焼き固めた生地と一緒に食べてみてください」
「肉は柔らかさを求めるより、噛みしめるもの。僕は肉本来の味がするおいしい赤身肉を探しているんです。これは信頼する肉の扱い手から仕入れています。イタリアに在来する牛に近いものを探して、群馬や新潟などのこだわりをもった生産者と出会えました。飼料はカロリーの高いとうもろこしではなく、本来牛が食べている稲わらなどの粗飼料を与えていて、運動もさせている。雌に限定してフィレ、ロースを一頭分仕入れています」
シルバーノさんが食べどころを見極めて熟成させた赤身は、美しい火入れ。フォアグラをしき、赤ワインのソースを合わせる。付け合わせのリコッタチーズを詰めたトマト、ロマネスコ、紫色のじゃがいものシャドークィーンなどは、近くに住む農家がつくったものだ。
東京、加賀、福井、山梨など日本各地でシェフとして腕を振るってきたシルバーノさん。東京や金沢での開店も考えたけれど、福井に決めたのは、千代さんの出身地であることが大きかった。
開店から2年半。店の窓から望める足羽川沿いの桜並木はいっぱいのつぼみをつけている。
「毎年春には、目の前の桜並木が満開となってとてもきれいなんですよ。桜を見るたびに気持ちが新たになります。福井は小さい街だけどヴェネツィアもみんな知り合いのような街だから、僕は自然体でいられます。お魚にしても野菜にしても福井とヴェネツィアは似たものがあります。厳密にいうと野菜の味は違いがありますが、テクニックではなく、心から料理することで自分の味にしていくんです。心がないと料理はおいしくなりませんから」
「本当のイタリア料理を知ってほしい」というシルバーノさんの想いは、料理を食べるということだけではなく、イタリアの食と向き合う姿勢や文化を伝えることでもある。
「お腹を満たすだけのものではなく、今日はご褒美にシルバーノのところに行こう!って美味しい料理とワインを愉しんでいただきたいですね。僕のレストランは、おいしいもので感動を与える場でありたいと思っています」
桜の季節は、もうすぐそこ。
「福井のヴェネツィア」はいつもの散歩道の延長線上に佇み、気取らずかしこまらず、両手を広げて迎え入れてくれる。
――おわり。
文:沼由美子 写真:出地瑠以