2019年4月、佐渡・真野地区に登場した「夕食堂」は、宮城県出身の髙橋祐さんと、沖縄県出身の裕子さん夫妻が営むイタリア料理店である。“オキナワンタコライス”や、沖縄黒豚の角煮“ラフテー”が登場することもあるから、ひとことでイタリアンとくくるのも難しいのだが、パスタや手ごねのピッツァを定番に据え、一品料理も充実している。
実は、「夕食堂」は沖縄の中でもディープなエリアと称されるコザというエリアからやって来た。
2013年に開店し、2017年10月に一度店を閉じて、佐渡島に家族で移住。そして晴れて同じ店名で佐渡に自分たちの店を開いたのだ。
「沖縄の店も純粋なイタリアンというよりは、アメリカ文化も混じった料理を提供していました。店の経営がうまくいってなかったわけではありません。子供たちを育てていく環境を考えて、移住を視野においての決心でした」
地図を見ながら思案を続ける日々。
佐渡島と五島列島が候補に残った。移住先の理想は「沖縄とはまた違う、季節がはっきりとしたところで暮らして、子供たちにものびのび育ってほしくて」。それが第一の条件だった。
そこで、祐さんが取った方法は、家族を沖縄に残し、まずは一人で佐渡島に移り、どんな土地かを体感してみようと試みた。
プロ向けではなく一般客が買える魚屋の魚介が極めておいしいこと、野菜が新鮮なこと。自然は豊かで人もいい。1ヶ月後には家族を呼び寄せた。
開店までは、地元のホテルのレストランや酒蔵でアルバイトをし、そしてめでたく自身の店を開いたというわけである。
メニューは日替わり。日付の入ったメニュー表がそれを物語る。
「メニュー表は難しい言葉は使わずにつくっています。沖縄では肉料理が中心ですが、佐渡に来てから料理の内容は大きく変わりました。野菜も、沖縄の時とは違う使い方を意識しています。タコライスやラフテーを残しているのは、自分のやってきたことがわかる店にしたかったからです」
夏のある日の晩に注文した料理から一部を紹介しよう。
「夕食堂」では毎日野菜のだしを取っていて、パスタのソースづくりにも必ず隠し味兼ベースとして野菜だしが入る。
料理もさることながら、「夕食堂」の魅力はその店構えにもある。古民家をリノベーションしていて、まるで人のお宅にお邪魔しているよう。年季が入っていて、しっかりとした造りの木造家屋は、やっぱり安らぐ。
「地元の方のお話を聞くと、かつては和菓子屋さんを営んでいたお宅のようです。工場があった場所に残されている棚も大事に使わせてもらっています。造りがしっかしているのでなるべくその雰囲気を生かしながら、自分たちの手でほとんどのリノベーションを手がけました」
「夕食堂」はあっという間に、地元の人気店となった。
ちなみに店で使っている食器は、髙橋さん一家が佐渡に移住後、地元に人たちにもらったものだという。和、洋問わずお宅で眠ってた食器を生かしている。
「だからお皿はバラバラです。今日はどれにパスタ盛り付けようかななど楽しませていただいてます」
髙橋さんには思い描いていることがある。
「沖縄にはシャッター通りとなってしまった通りがいくつもあります。今、店を構えているこの通りもそうかもしれません。でも僕たちのような新しい店が増えて、土地の生活に密着して、賑やかな通りになったらいいですね。それに、冬は本当に人通りがなくなってしまうので、真冬の3ヶ月ぐらいは沖縄に渡って二拠点で商売をするということも考えています。お店は自分たちが愉しむために営んでいるのです」
なんて自由な発想なんだろう。それが叶ったら、佐渡の食材がイタリアンに昇華するだけでなく、沖縄のエッセンスがより濃厚な店になるかもしれない。両エリアのお客が行き来することも考えられる。
そして何よりも、きっぱりとした決断のもと、新しい一歩を踏み出した夫妻の清々しい笑顔が印象に残った。
――「夕食堂」 了
文:沼由美子 写真:大森克己