営業は昼の2時間のみ、揚げ物中心の弁当屋とは?東京都立浅草高校夜間部(正しくは、昼から夜の授業を担当する三部制B勤務)国語教師、神林桂一さんによる浅草エリアのランチ案内です。足を運んで、食べて選んだ自作ミニコミ「浅草ランチ・ベスト100」より、揚げ立てサクサクのとんかつ弁当を紹介します。
浅草6丁目の目立たない場所に、1軒の小さな弁当屋がある。近所の人以外には、ほとんど知られていない。営業時間は、基本的に昼の2時間のみ。看板もないので、シャッターがしまっていると店だとは気づかない。
しかし、見くびってはいけない。ここは知る人ぞ知る実力店なのだ。
店の名は「とんかつ いとう」。揚げ物中心の弁当屋だ。店主の伊藤英俊さんと妻の弥生さん、そして4人のパートの方々で営業している。2時間に50人ほどの客が押し寄せ、行列をつくる。つくり置きはせず、注文に応じてつくるので、6人掛かりでも店はてんてこ舞いなのだ。なぜこんなに人気があるのか。それは、ひとえに「美味しいから」に他ならない。
35年以上前、先代は自宅であるこの場所で食堂をなさっていた。そして、ある老舗とんかつ屋の先代と知り合いだった縁でデパートでの出店を任されることになる。
食堂をやめ、当初は製造のみだったが、ほどなく金曜日のみ地元の人にそのとんかつを販売するようになる。現店主の英俊さんも勤めをやめて家業を継ぎ、結婚後に弥生さんも加わったことにより、毎日店を開けるようになった。今でも金曜日のみは夜も営業し、金曜限定で肉団子も販売するのは昔からの名残なのだ。
というわけで、昼2時間のみという変則的な営業の秘密はここにあるのである。
そして、揚げ手の英俊さんは、デパート品質の商品を作る技術を持っているので、そんじょそこらの弁当屋とはレベルが違うというのが美味しさの秘密なのだ(デパートの店と「いとう」とは別の店なのでお間違え無く)。
「いとう」の定番メニュー数は20種類ぐらいだが、単品のトッピングも自由だし、「お好きな組み合わせ弁当」も単品の合計+200円でつくれるので、メニューの内容は無限に広がる。毎日食べても飽きないのだ。
僕は「ロースかつ弁当」がお気に入りだが、人気メニューは「から揚げ」や「ひれかつ」だという。確かに、から揚げはジューシーで旨味たっぷりだし、後に述べる「ひれカツサンド」も名物だ。しかも、朝5時30分から仕込みをなさっているので、事前に買いに行く時間に合わせた電話予約ができるのも嬉しい。
揚げ物中心なので、まず油にこだわり、品質のよいサラダ油を厳選している。パン粉も美味しく揚げるため、オリジナルブレンドで焼き上げたパンを毎日挽いてフワフワのものを使用する。ソースももちろん、とんかつに合うようにブレンドされている。
僕が勤務する学校は幸いなことに店の近所の今戸にある。数年前、職員対象に職場周辺の「浅草高校ランチ総選挙」を実施したところ、「とんかつ いとう」がダントツのグランプリを受賞した。ちなみに、ベストテンには、割烹「一直」・割烹「上総屋」(向島)・手打ちそば「丹想庵 健次郎」・「和洋食屋 いいま」・「麺屋 ぶんすけ」などが入選している。
「カツサンド」の誕生は昭和10年頃だと言われている。程よくたたいて下ごしらえをしたお箸でもきれるやわらかいヒレカツを使い、花街の芸者衆がお座敷の合間に頂けるように、また口元が汚れないようにとの気遣いから小ぶりのパンを使用したカツサンドが誕生したのだ(青木ゆり子『日本の洋食』ミネルヴァ書房・2018年)。
サンドイッチや鉄火巻はギャンブルの際に食べやすいよう生まれたというが、花街だからこそ生まれたカツサンド。これからは心して食べていただきたい。「いとう」も浅草の花街の近くにあり、「ひれカツサンド」はひと口サイズだ。
余談となるが、根津「香味屋」、人形町「芳味亭」、柳橋「百万石」、日本橋「たいめいけん」(新川で創業)、神楽坂「田原屋」(閉店)、浅草「グリル グランド」など花街には洋食屋・とんかつ屋が付き物だ。流行に敏感な芸者衆には、お座敷以外ではハイカラな洋食が好まれたのだという。浅草観音裏「グリル佐久良」や「とんかつ とん将」もカツサンドが名物となっている。
「ヒレかつサンド」というと、1日に3万食売り上げるという「まい泉」(1965年創業)が有名だ。「まい泉」もひと口サイズとなっていて、3切421円(税込)。一方「いとう」は320円……。
僕は「いとう」の「ひれカツサンド」が大好物だ。これだけでは一食分にはならないが、副食として、また小腹がすいた時に重宝するし、居酒屋やスナックのママへのお土産としても喜ばれるのだ(シーッ! これは秘密)。これからも地元のために、老舗品質の庶民派弁当を提供し続けてください。
最後に、僕が選ぶ「浅草・弁当番付」をご紹介しよう。
〈横綱〉「とんかつ いとう」(浅草6丁目):今回紹介。
〈横綱〉「レストラン弁当 松膳」(鳥越):元フレンチシェフ。メンチカツ弁当が凄い!
〈大関〉「わびすけ」(浅草3丁目):「ランチベスト100」選定。500円の日替わり弁当が良い。
〈大関〉「魚敏」(浅草5丁目):魚屋が作る海鮮弁当。20種類あり、リーズナブル。
〈関脇〉「鳥清」(今戸):若鶏専門の鶏肉店。圧巻の40種類。「とりわさ弁当」が好き。
〈関脇〉「ふなちゅう 歩(あゆみ)」(浅草1丁目):焼鳥「鮒忠」の唐揚げ弁当専門店。
〈小結〉「明るい農村」(浅草1丁目):店名が秀逸。手作り弁当・おむすび・サンドイッチ。
〈小結〉「卯(うさぎ)」(日本堤):山谷の労働者を支える格安弁当店。いろは会商店街。
文:神林桂一 写真:萬田康文