佐渡の山間にドーナツ屋があるらしい。売り切れで買えない日もあるという。それはどんなドーナツなのか?そしてどんな店なのか?噂の店をめざし、晴天の青空の下、ハンドルを握った。
ドーナツ屋を目指して、緑の山に囲まれた道を走り抜けていく。右に左にカーブの続く道を上ったり下ったり。
本当にこんな山間にドーナツ屋があるの?と思った頃、「◎」マークの看板が目に入った。
「おいしいドーナツ タガヤス堂」。ここだ、ここだ!しかも小さな人だかりができているではないか。
「タガヤス堂」は、「ちょぼくり」というそば屋の木造一軒家の一角にある。ここは羽茂大崎(はもちおおさき)という地区で、そばが名物。伝統的な芸能と打ち立てのそばを融合させた、超ローカルでいて県外からお客が押し寄せるほど盛り上がりを見せる「大崎そばの会」が催される地でもある。
ふんわり甘い香りと鄙びた家屋の佇まい。店頭に並ぶドーナツは素朴で飾り気がない。それだけで胸の奥をぎゅっと掴まれる。その佇まいもドーナツもたまらなく可愛いらしいのだ。
ラインナップは、“ソフトドーナツ プレーン”90円、“ソフトドーナツ きび和糖付き”100円、5のつく日限定販売の“ソフトドーナツ 黒ゴマ入り”90円と、値段まで可愛い。
ルックスがよいだけではない。
小麦粉は香川県産、砂糖は沖縄と鹿児島産のきび砂糖、油は福岡県無添加のなたね油、玉子は非遺伝子組み換え飼料で育てた鶏のもの、と、吟味した国産の材料を使っている。
買ってすぐさま頬張ると、ふんわり柔らかい食感、初めてなのに郷愁を誘うおだやかな甘さ、軽やかに消えていく油の後味。混じりけのないおいしさにノックアウトされてしまった。
だが、「タガヤス堂」の主、その名も米山耕(よねやまたがやす)さんに、肩肘を張った気負いはない(その日は、佐渡の温泉の妖精キャラクター「おゆくん」
「普通に食べるものが安心して食べられるならそれがいいよね、という考えです。これでなくては、という執着があるわけではありません」
耕さんは、新潟県長岡市の出身。2014年に、この近くの廃校で催された、佐渡のブックフェス「HELLO!BOOKS」に遊びに来て、その衝撃と自然環境のよさに惹かれて佐渡への移住を決意した。
2015年から佐渡に住み、小木にあるカフェ「日和山」で料理を担当して働いていた際に、大阪のドーナツ専門店「あたりきしゃりき堂」が期間限定で出店。
その素朴で、どこか懐かしく、混じりけのないおいしさに感動していると、「あたりきしゃりき堂」の店主は屈託もなくこう言った。
「君も佐渡でドーナツ屋やってみたらええんちゃう?」
耕さんは急遽、弟子入り。そして、2016年9月にこの店を出したのだった。
(師匠も佐渡の土地が気に入り、後の2017年9月に松ケ谷地区で支店のドーナツ屋を開店することになる)
この山間のドーナツ屋には、どんなお客さんが来るのか?
今日はたまたま日曜日だからにぎわっているのかしら。
「ここを通るトラックの運転手さんもよく立ち寄ってくれるんですよ」
コーヒー400円も販売している。尾道の「satie coffee」焙煎のシングルオリジンでエチオピア、マンデリン、イエメンあたりを守備。月替わりで3種類くらいずつ提供しているという。ドーナツ×コーヒーという鉄板のペアリングなら、トラックの運転だって途端にドライブに変わってしまいそう。開店から3年ながら、「タガヤス堂」は、まさに老若男女に愛される佐渡のスタンダードなおやつになっていた。
気負わずほどよくゆるくも、また食べたくなる正直なおいしさを一度知ったらそれは必然かもね。うんうんと頷きながら、残りのドーナツを頬張った。
――「タガヤス堂」 了
文:沼由美子 写真:大森克己