100年先まで畑でぶどうをつくるために、ボルドーは持続可能なワイン造りを推進しています。木を植え、草を生やし、自然の力を借りて、ぶどうの木しか生えていなかった畑に新たな命を吹き込むのです。
ぶどう畑におけるサステナビリティ。それは具体的に、なにを指すのだろう?
最大の目的は、生物多様性にある。
ぶどう畑というのは、基本的に単一栽培だ。たとえば一区画の畑にカベルネ・ソーヴィニヨンの木だけ植わっている、といったように。けれど自然界には、ひとつの品種だけが存在する状況というのはあり得ない。だからより自然に近い環境にしようと、ぶどう畑やその周辺に下草を生やしていく。
ボルドーでは、この取り組みを約10年前から始めて、すでに85%のぶどう畑に下草が生えているという。ぶどう畑を歩くと、除草剤を継続的に使っている畑には下草がいっさいなく、裸の土が丸見えになっているから、それはもう一目瞭然なのである。
さらには、木々も植えていく。ボルドーでは、土着の植物を用いて、なんと26kmもの長さの生垣をつくってしまった。。
自然はいつでも逞しく、強靭で、美しい。そういった取り組みをすると、十数年にもわたり化学合成農薬や肥料を使い、砂漠のように微生物すら存在しなかった畑でも昆虫や鳥、小動物がやがて棲息し始める。そしてその数も少しずつ増えていく。畑というひとつのミクロクリマに、生態系が再び蘇るのだ。
ボルドーのサステナビリティの象徴的存在となっているのが、コウモリだ。
コウモリは貪欲な捕食者で、ひと晩のうちに平均2,000匹もの虫を餌にする。なかでも、ぶどうに害を与えるハマキガを好んで食べる。そのためコウモリが棲息する環境をつくれば、化学合成農薬の使用を減らすことができるというわけだ。
ここでもボルドーワイン委員会は、専門機関とともに研究を重ねた。2017年にはフランスの野鳥保護団体(LPO)と国立農業研究所(INRA)の協力のもと、ボルドー全域でコウモリの夜間活動を記録した。
現在、フランスで確認されている全30種のコウモリのうち22種がボルドーのぶどう畑で見られるという。
とはいえコウモリは野生の保護動物だから、飼育するのは禁止である。コウモリの定着を促そうと、古い作業小屋をあえて放置するなどの試みが続く。
ワイン畑に生息するコウモリの写真を見せてもらった。身体は掌にのるほど小さく、体重はわずか10g前後。翼を広げても体長は最大20cmにしかならない。
コウモリは超音波を用いて、反響により獲物の場所をつきとめる。人間は残念ながら、高い振動数の超音波を聞き取ることはできない。私たちが静寂と感じている夜間のぶどう畑。そこはさまざまな音響に満ち、多くの動植物たちが蠢く、豊饒の世界なのだ。
ーーつづく。
文:鳥海美奈子 写真:Mathieu Anglada/ボルドーワイン委員会