米をつくるということ。
焼きまんじゅうの罠。

焼きまんじゅうの罠。

びゅんとA地点からB地点まで、まるで荷物が運ばれるかのように移動する旅と違って、ひとつひとつの駅に停まりながら進んでいく旅は、過去の記憶が呼び起こされたり、ここにしかない出会いがあったり、ちょっとの乗り換え時間で未知なる食とめぐり合ったりもする。おいしい旅なのだ。

これがやっぱり各駅停車の旅の良さだなあ

電車

赤羽駅では高崎行きの快速電車にどうにか間にあった。ぎりぎりの乗車にもかかわらず、座席に隙間を見つけて、なんとか腰を下ろす。高崎到着まで約1時間半。立ったままでは身が持たない。
しかしロングシートだから、どうも旅情というか旅感(たびかん)がないんだよなあ。でもまあ、ここはまだ首都圏内。車窓を楽しむよりもまずは体力温存でいこう。目を閉じて座席で体を休めておくのだ。などと思うまもなく自然に睡魔がやってきて、意識がストンと遠のいた。結局、しっかり酔っていたんですね。

ふと目が覚めたとき、電車は埼玉県の上尾駅に到着しようとしていた。きっと「アゲオ」という車内アナウンスに反応して目覚めたのだろう。おお、これがあの上尾事件が起こった駅かあ、と目の前の「生きた昭和史」に、しばし思いをめぐらせた。
当時の国鉄上尾駅は上尾事件の現場だ。1974年、ぼくが高校を卒業する年、この駅で「暴動」が起こった。労働組合の順法闘争でダイヤの遅れがつづき、怒った通勤客たちが集団で駅舎を襲って破壊、電車も止まった。駅長、助役は駅から拉致連行され、駅員は総退去、駅が完全マヒ状態になったという。
このニュースはテレビで大々的に流された。なんと恐ろしいことが起こっているんだ、とびっくりしたものだ。いまではとても想像できない昭和史の一幕である。
ぼくがもっているそんな暴力的なイメージに反して、JR上尾駅はホームがふたつしかない小さな、そしてとても静かな駅だった。朝の通勤時間も過ぎて乗降客の姿もまばら。落ち着いた空気が漂い、半世紀近く前に起こった騒動の面影などまったく感じさせることはなかった。

景色

気がつくと車内は、空席が目立つようになっていた。ぼくは旅の気分を味わうべくロングシートから車両後方のボックスシートに席を移した。向かいには当方と同じ年頃のスーツ姿の男性。ちょっと気難しそうな様子の、ぼくが苦手なタイプ。腕組みをして窓の外に目をやっている。しかしこちらが軽く会釈して席に座ると、なんと向こうから「今年は暖かいですねえ」と、やさしい挨拶があった。出張からの帰りだという。それからふたりでぽつりぽつりと言葉を交わして、間もなくその人は先に下車となった。
「お気をつけて」「そちらこそ」などと別れの挨拶を交わす。ほんのりといい気分になる。見知らぬ人と電車で言葉を交わすなど、何十年振りだろうか。これがやっぱり各駅停車の旅の良さだなあ。心がちょっぴりあたたまる嬉しいひとときだった。

車窓

しかし、ぼくらは間に合うのか?

だるま

さて、2番目の途中下車駅、高崎に着いたのは昼前。ランチにはまだ少し早い。ここで駅弁を買い、つぎの水上駅でいただくという計画を立てた。しかし乗り継ぎ電車の出発前に小一時間ある。江部さんの発案で群馬名物の焼きまんじゅうを食べることになった。これでちょいと小腹を満たして、弁当タイムまで乗り切ろうというわけだ。
賛成!群馬では「焼き饅(まんじゅう)祭り」があるくらいで、県民にとって焼きまんじゅうは、欠かせない日常食らしい。まんじゅうの原料は小麦粉。群馬ではかつて冬の小麦栽培が盛んで、それで焼きまんじゅうが広まったとのこと。きっと群馬のソウルフードなんでしょうね。

まんじゅう

目指すは「オリタ焼きまんじゅう店」。駅から徒歩12~3分というのだが、これがなかなか見つからない。あっちでもない、こっちでもない、もしや閉店した?などと言い合っているうちに、ついに見つけました。「焼きまんじゅう」という筆文字の大きな看板を。でも、なんか様子がおかしいぞ。閉じたガラス戸を開けると、ご主人が「きょうは用事があって、もう閉めるところ」という。「東京から4人でやってきました」「ぜひ、ひと串でも焼いてくれませんか」と、お願いすると、快く了解してくれた。
串台に並んだまんじゅうの白さがまぶしい。
「どこで食べるの、いつ食べるの?」と、ご主人。「出発まで時間がないので電車の中で」と答えると、「すぐ焼けるからここで食べてって」という。とにかく「焼きたてじゃないとダメ」らしい。そんなもんかなあ、時計とにらめっこしながら焼き上がるのを待つ。

外観

「店はいつから?」「今年で72年」と、ご主人がてきぱきと串を焼きながら答える。戦後すぐの日本が貧しかった時代だ。当時は大変なごちそうスイーツだったんだろうなあ。
串が焼き上がった。1串に4個の大きなまんじゅうが刺さって190円。茶色に焼き上がったまんじゅうに、濃厚なタレがかかっている。鼻先を漂う香ばしさが、空腹感を刺激する。店先に立ったままかぶりついた。皮がパリパリで中はフカフカという絶妙な食感、そしてタレが旨い。たんに甘いだけでなく、深みというか、塩気も感じられる。いいなあ、こういうのを糖分など気にせず毎日食べたい。

藤原さん

もうひと串おかわりできないものか、などと思っていたら、江部さんの焦った声が。
「じ、時間がありません。駅まで走ります」
走る?ひえーっ!沼さんはぼくが知らない間に姿を消していた。まんじゅうを食べる時間もなく、ひとり先に駅へもどり、みんなの分の弁当を買っているという。
「行きますよ!」と、江部さんはできたての焼きまんじゅうの入った薄手の頼りないフードパックを片手に猛ダッシュ。沼さんの焼きまんじゅうだよ、大丈夫?傾けないように走っているけれど、まんじゅうが串ごと道に落っこちそうだよ。この姿、どこかで見たような……。そうだ、パリ名物のギャルソンレースだ。あちらはワイングラスで、こちらは焼きまんじゅうだが、ひやひや感は同じ。しかし、ぼくらは間に合うのか?
いまこそ温存(?)した体力発揮のとき。目当ての電車を逃すと、予定時刻に目的地のカプチーノには着かないぞ。走れ、走れ、焼きまんじゅう!

焼きまんじゅう

――2月15日(土曜)につづく。

文:藤原智美 写真:阪本勇

焼きまんじゅうの罠。

藤原 智美(作家)

1955年、福岡県福岡市生まれ。1990年に小説家としてデビュー。1992年に『運転士』で第107回芥川龍之介賞を受賞。小説の傍ら、ドキュメンタリー作品を手がけ、1997年に上梓した『「家をつくる」ということ』がベストセラーになる。主な著作に『暴走老人!』(文春文庫)、『文は一行目から書かなくていい』(小学館文庫)、『あなたがスマホを見ているときスマホもあなたを見ている』(プレジデント社)、『この先をどう生きるか』(文藝春秋)などがある。2019年12月5日に『つながらない勇気』(文春文庫)が発売となる。1998年には瀬々敬久監督で『恋する犯罪』が哀川翔・西島秀俊主演で『冷血の罠』として映画化されている。