山形の在来作物「温海カブ」を知る。穫る。食べる。
山形の「温海カブ」は、焼畑の森の急斜面で育つ。

山形の「温海カブ」は、焼畑の森の急斜面で育つ。

漆黒の切り株がいたるところに広がる山の斜面。ここがカブの畑といったら、驚かれるのではなかろうか。在来作物の宝庫・山形が冬に誇る食材、「焼畑あつみかぶ」は森育ち。350年以上も前から続く焼畑農法でつくられるという、その姿を求めて車を走らせた。

「だだちゃ豆」をはじめ、鶴岡は在来作物の宝庫なのだ。

霊峰月山(がっさん)から流れる雪解け水が庄内平野を潤し、豊かな海へ。
美しい循環で満たされる山形県鶴岡市は、近年ユネスコから食文化創造都市にも認定され、食材の宝庫として注目される土地である。
その中で評価を高めているのが、在来作物と呼ばれる鶴岡固有の野菜や果物だ。
在来作物とは特定の地域で、農家自身が自家採種などで種苗を繋いでつくられているもの。山形県には実に160種以上もの在来作物が存在する。
なかでも鶴岡は特に数が多く、そのうちの60種もの在来作物が守り育てられている土地だ。

よく知られている「だだちゃ豆」も鶴岡の在来作物。
そして冬の代表格といえば温海(あつみ)カブだ。
鶴岡市内から日本海沿いの国道を新潟方面に車を走らせると、温泉地としても知られる温海(あつみ)地区に辿り着く。

景色

旅の案内人は、『山形食べる通信』の元編集長で、今は山形の食材でつくるピクルスブランド「beni.」を手がける松本のりこさん。
まずは山形のカブについて教えを請う。
「山形県にカブの在来種は17種類、鶴岡では4種類のカブの在来種が育てられています。鶴岡のカブの多くは林業と一体となった焼畑農法で育てられているのが特徴です。森の面積が町の90%を占めるという温海地区では400年以上前から焼畑農法でのカブの栽培が続いているんです」

松本のりこさん
温海カブに興味をもつマツーラユタカさんの案内人になってくれた、松本のりこさん。現在は、山形の食材でつくるピクルスブランド「beni.」を手がける。

温海カブの畑を目指したら、「森林組合」にたどり着いた。

松本さんが案内してくれた先は、「温海町森林組合」なるところ。
広大な敷地に製材された杉の木がうず高く積まれている。

その名の通り、この地区の森林を管理する林業の組合だが、お目当てのカブは、林業との循環の中で育てられるというのだ。ここからは温海町森林組合、主任の忠鉢(ちゅうばち)春香さんも交えてお話を伺う。

忠鉢春香さん
温海町森林組合、主任の忠鉢(ちゅうばち)春香さん。「地元では、温海カブは甘酢漬けにして丸ごとかぶりつきます(笑)」。

焼畑農法というと、なんだか前時代的な響きがあるが、ここ鶴岡で行われている焼畑農法はいにしえの知恵が詰まったエコロジカルな循環型農法とのこと。その概要はというと……

・温海地区の森はほとんどが昭和の時代に植えられた杉の木。杉が木材として使えるようになるのが50年~60年。

・成長した木を切り出し木材へ加工。切り出した斜面を、夏の時期に焼く。カブの種を蒔き、1シーズンだけカブを育てる。冬のはじめに収穫。

・またこの斜面に植林し、森を管理していく。

焼畑農法
夏の焼畑の様子。なんてダイナミック!
焼畑農法
焼き終えた森の斜面。ここに温海カブを栽培していく。左下の人の大きさを見ると、いかに壮観な“畑”か想像できる。
焼畑農法
焼畑をした斜面に植えたカブが育っている様子。無農薬・無肥料でもすくすく育つ。

あまりにも壮大な「焼畑農法」で、「カブ」を育てるのはなぜ?

焼畑のメリットについて忠鉢さんが教えてくれる。
「山の斜面に火を入れることで、虫などがいなくなり農薬を使う必要がなくなります。木の灰はリンなどのミネラル分がたっぷりで、その栄養が土に入ります。無肥料、無農薬でおいしいカブに育つんです」

なんと壮大な自然農法なのだろう。
枝葉も燃やすので、再造林する際の作業もスムーズになるという。

でもそもそもなんで、カブだったのか? 
そんな素朴な疑問を口にすると、「よい質問ですねぇ」と、松本さんと忠鉢さんが目を合わせてにんまりする。

まず「急斜面」であることが、カブを育てるのに大変な好条件なのだという。
「カブは水はけのよい地でよく育ちます。温海カブは、こういった急斜面の焼畑で育てられるものと、平地の畑で育てられるもので食感や味わいが違うんです。平地の畑で育つものは皮が厚くなってしまうのですが、急斜面で育つものは皮も薄く、パリパリと歯ざわりがよく味わいも豊かなんです」

焼畑農法で育てられたカブは、平地で栽培されたものと区別するため「焼畑あつみかぶ」と呼ばれている。
舌の肥えたお母さんたちは、地元の産直やスーパーで好んで「焼畑」シールのついたカブを買い物カゴに入れていく。
それぐらい馴染みのあるものだ

さらにさらに、こんな理由もあるという。
「カブはお盆の頃に種を蒔くと、雪が降る前に収穫できます。夏はだいたいその年の稲作の出来、不出来がわかる頃。米の収量が少なそうとなったら、カブの種を多く蒔いたそうです。山形でよく育てられている蕎麦もそうなのですが、夏に種蒔きして、冬の手前で収穫できるカブは、雪に閉ざされる厳しい土地にあって貴重な作物だったのでしょう」

「このあたりでは、温海カブは99.9%甘酢漬けになります」と忠鉢さんが笑いながら差し出してくれた。

なるほど、カブは冬への備えだったのか。カブが地域の人々を飢饉から救ってきたとも言われるのだそう。稲作や林業の繁忙期とも重ならず、良いことずくめ。だから漬物として親しまれているんだなぁ。頭の中で、点と線が繋がってくる。

松本のりこさんが営むピクルス屋「beni.」は「食と農を編集する」という意識からたどり着いた形だという。
「ラ フランス」「舟形マッシュルーム」など、山形の果物や野菜を使ったピクルスをつくっている。
手土産や贈り物として、地元の人からも重宝されている。
ピクルス
「beni.」の「焼畑あつみかぶの洋風ピクルス」。ローズマリー入りの甘さ控えめの味わいで、甘酢漬けとはまた別の味わいを愉しめる。

温海地区では、毎年11月10日に「カブのお歳夜」といって、その年に自分の畑で取れた一番大きなカブを仏壇に供えるのだそう。
祈りと生活の営みが連なった暮らし。
いにしえの知恵の偉大さに、あらためて敬服するばかりだ。

――つづく。

文:マツーラユタカ 写真:萬田康文/温海町森林組合

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マツーラユタカ(物書き料理家)

昨年20年以上続けた東京ライフに区切りをつけ、故郷である山形県鶴岡市にUターン。出羽三山信仰、山伏の文化が息づき、多種多様な在来野菜や保存食、発酵食と、食文化豊かな土地で「manoma(マノマ)」というカフェを営む。二十四節気の暦にあわせて、庄内の野菜を主役にした季節のごはんを提供している。東京時代は、金子健一さんともにフードユニット「つむぎや」として活動しながら、個人ではライター稼業も。つむぎやとしての著書に、『お昼が一番楽しみになるお弁当』(すばる舎)などがある。