行列の果てには、初めて目にする餃子があった。形、味、食感。さらには、調味料まで。こんなの初めて。もっと言えば、これほどまでに気持ちのいい接客の餃子専門店を、おっさんたちは知らなかった。女性たちの麗しい振る舞いもそう。すべては未知との遭遇。
閑散とした平日の沼津駅に降り立ち、ガランとしたアーケードを抜けると、いきなり現れる行列店「中央亭」。トータル45分ほど待ってようやく店内に入り、同じ顔をした女性が何人も立ち働いている幻想的な光景をぼんやり見ているうちに、餃子が運ばれてきた。
見たことのない形だ。ずいぶん丸っこい。
「……焼売餃子?」
いやそれより、もっと強い違和感を覚える事柄があった。編集担当の痛風エベが最初に話していた「一度焼いてから揚げた餃子」という餃子にはまったく見えないのだ。皮が軟らかそうじゃないか。揚げてこうなるかな?
タレを入れようと、調味料集合所を見ると、これまた見慣れないものがある。
ラー油ではなく、「自家製からし油」だ。やはり焼売に寄せているのだろうか。
まずはタレだけつけてひとかじりすると、ぷるぷるもちもちの皮から肉とキャベツがドバッとあふれ出した。うは、すごい量だ。噛むほどに豚肉の甘さが波状に押し寄せる。食べ応えがジャンボ焼売のようだ。でもキャベツがある分、やはり餃子なのだ。おもしろい。その妙味はいいのだが、一度焼いて揚げた皮がこんな「ぷるぷるもちもち」食感になるのだろうか。痛風エベは間違っているんじゃないのか。いや、とぼけた男だが、仮にも食の媒体の編集長だ。揚げるとゆでるを間違えるわけがない。特殊な油を使えばこうなるのかもしれない。
次に「自家製からし油」をタレに数滴垂らして食べてみると、これまた新しい。辛子の華やかな香りと油のコク。なんでこれまでなかったんだろう。めちゃいいやんこれ。はやるよ、仕掛ければ。でもやっぱりここで出している意味があるのだ。餡たっぷりのこの店の餃子には、辛子が合う。
女性たちは忙しく動き回りながらも、笑顔で接客を続けている。店内が明るいのだ。
ひとりがお茶のお代わりを注ぎにきた。訊けば、彼女は餃子の皮の担当で、ひたすら皮をつくり続けているという。ローテーションで作業を変えるのではなく、個々の専門性を高め、その道を究めていく。餡、皮、焼き、それぞれのスペシャリストが最高の技でつくりあげている。
「皮の粉の配合って……」
「それは企業秘密です」
柳のようにやわらかい接客をしていた彼女が、そのときだけは職人の矜持を瞳に浮かべ、意味ありげにニヤリと笑った。
「すみません、実はかくかくしかじか」と“ぶっつけ旅”をしていることを彼女に話し、取材させてもらえないか訊くと、またもとの優しい笑顔に戻った。彼女は僕たちを厨房に案内し、女将さんを紹介してくれた。
昼の忙しい時間帯で恐縮千万だったが、女将さんも笑顔で質問に答えてくれた。
「ええ、ほんと女系家族で、女ばかり生まれたんです」
店は女将さんの三姉妹とその娘たち、なんと7人の女性で支えられている。
「でも最近、娘婿が入ってくれたんです。もともと和食とフレンチの料理人だったんですけど」と隣の男性を見た。男性ははにかみながら頭を下げた。手元のフライパンには焼き色のついた餃子がぎっしり並べられ、なみなみ注がれた油がボコボコ沸騰している。……ん?油が沸騰? そんなわけないよな。こりゃどう見てもお湯やネ。って――。
「思いっきりゆでてるがな!」
隣のエベは相変わらず眠そうな顔でぼんやり見ている。やはりこの男の勘違いだったようだ。
「大粒の餃子だから、ゆでたほうが早いということで、この調理法になったみたいですね」と女将さん。
店は戦後闇市の時代から、彼女のお爺さんが始めたらしい。
「その頃は貧しい人が多かったから、おなか一杯食べてもらおうと思って、餡の量を増やしていったって聞いています。そしたらこんな大粒の餃子になったって」
店頭に置かれた使い捨てカイロや熱いお茶が思い出された。寒風のなか、行列に並ぶ人たちに向けたサービスだ。笑顔を絶やさない三代目の彼女たちには、大粒餃子をつくった祖父からのDNAが代々受け継がれているんだろうな。基本なのにとても難しいこと――人の立場になって考える――を、ひょいとやれるDNAが。
――つづく。
文:石田ゆうすけ 写真:阪本勇