2019年12月。真冬だけれど、おっさん3人は青春という名の春の真っ只中。青春18きっぷを使って、東京から大阪へ向かおうと算段するものの、道中で決まった予定は一切なし。風の吹くまま、気の向くまま。なんだけれども、風が吹いたら、ちょっと困る男がいたんですよね。
青春18きっぷの有効期限は深夜0時だ。
つまり、始発から0時まで乗れば、乗り放題のメリットをめいっぱい使うことになり、めちゃめちゃ得した気分になって愉快愉快、というわけだ。
じゃあ、この18きっぷで東京から大阪を目指すことにしよう。大阪の堺に深夜0時に開店する天ぷら屋があるらしいのだ。いや、すごいよなあ。真夜中に天ぷらだなんて。……誰が食べたいんだ?
でもなぜか行列ができる人気店らしい。いったい、どういうことだろう?
というわけで、18きっぷの神通力をフル活用して0時まで列車を乗り倒し、謎の天ぷら屋を調査しにいこうじゃあ~りませんか。
こんな酔狂のために、忙しい年の暮れ、東京駅の「銀の鈴」に集まったのは、いつも眠そうな編集長のエベと、ガリガリ君と裸の大将をマリアージュした容姿のカメラマン阪本くん、そして僕の3人だ。
午前8時。始発から乗るのはさすがに大人げないのでやめた。僕らもいいオッサンなのだ。
ちなみに僕とエベは同い年でジャスト50。ガリガリ君は40歳。合計140歳のオッサンたちが、そもそも青春18きっぷを使っていいんだろうか?――いいのです。アメリカの詩人サミュエル・ウルマンの有名な詩「青春」にもこうあります。
「青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の持ち方を言うのだ」
サミュエルはこうも言っている。
「年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときに初めて老いるのだ」
そう、年齢は問題じゃない。18きっぷで旅をしようと思った時点で、僕らはすでに青春の真っただ中にいるのだ。じゃあ、みなさん、行きましょう!……って、エベ!なんだその足の引きずり方は!爺さんか!
「痛風がまた悪化して……」
「そ、その靴は……?」
スニーカーの紐が穴から全部外されている。
「足が腫れちゃって、紐を取らないと履けないんですよ。ほら」
エベが見せてくれたスマホには、親指の付け根がスモモのように赤く肥大化した自身の足の画像があり、僕もガリガリ君もギャッと叫んでしまった。誇張ではなく、本当に“閲覧禁止”のレベルだ。青春から最も遠い画像だ。
R2‐D2のように歩くエベを見ながら、さすがに不安になってきた。途中下車しながら、町を歩き回って、おもしろそうな店にどんどん飛び込んでいきたかったんだけど……
超スローペースでようやくホームに着くと、スーツを着たサラリーマンばかりだ。旅情もへったくれもない。満員電車に押し込められるように熱海行きの列車に乗った。
横浜でごそっと乗客が下りると、それからはひと駅ごとに客が減っていく。ボックス席に座り、車窓を眺めながらみかんを食べると、少し旅っぽくなってきた。
熱海で乗り換え、10時過ぎに沼津に到着。最初の途中下車をすることにした。
ちなみに、東京から大阪まで、普通列車で約10時間かかる。朝8時に出発したから、まっすぐ行けば18時に大阪に着くわけだ。でもゴールの天ぷら屋は深夜0時オープンだから、6時間の余裕がある。その時間を使って、途中下車をしながら、どんどん店に入っていこうという寸法だ。
沼津で餃子屋の「中央亭」に行こう、と痛風エベが提案してきた。
「以前、dancyuの餃子特集で掲載させてもらったんですけどね、変わった餃子を出す店で、一度焼いてから揚げるらしいんです」
それはなんの意味があるんだろう、と思ったが、たしかにおもしろそうだ。
「その店は何時に開くんですか?」
「11時です」
「えっ、まだ10時過ぎですよ」
「行列ができるみたいです」
ほんまかいな。今日は平日なのに。
駅から歩き始めると、大きな鯖の半身が歩道に落ちていた。
「………?」
駅前に鯖。なんだこのシュールさは?
魚の生臭い匂いが漂っている。「漁港の町に来た……!」と旅のムードがじわじわと盛り上がってきたのだが、いや、それよりなんでこんなところに鯖の身が?
あっ、と思い、上を見ると、やっぱりいた。電柱にカラスだ。漁港から持ってきたのか?こんな大きな切り身を?
まさか、と思っていたら、カラスがファサッと降りてきて、僕らのすぐ目の前で鯖の切り身をくわえ、再び舞い上がった。ふわっと生臭い風。カラスは街灯にとまり、鯖をバシバシつつき始めた。
「……なんでこんなところまで鯖を運んできたんですかね?」
漁港から駅までは約2.5kmだ(あとで調べてわかったことだけど)。
「もしかしたら鯖を独り占めしたかったとか?」
「あはは」
ガリガリ君がカメラを向けながら歩道に落ちていた鯖に近づいたところで、いきなり降りてきて鯖を持ち去ったカラスの慌てぶりが思い出された。
再び歩きだす。鯖の残り香も混じっているのか、海の香りが町に漂っている。いいぞいいぞ、旅がどんどん濃くなってきた。
先にネタバレをすると、一軒目の「中央亭」以降は予定もなく、まさに行き当たりばったり、出たとこ勝負の旅だった。で、正直、「記事になるのか?」と不安しかなかった東京駅の通勤ラッシュを経た後、この沼津からふいに風向きが変わり、ミラクルのフィーバーがかかって、3人全員が「なんちゅう旅や」と呆れるやら感心するやらすごい旅になるのだが、それもこれもあのカラスから“非現実”のスイッチが入った気がしてならないのだ。
――つづく。
文:石田ゆうすけ 写真:阪本勇