萬田康文さんの青春18きっぷで東北マンダラ旅。縁が円を描くのだ。
停車はわずか30秒!ミッションに緊張が走る。

停車はわずか30秒!ミッションに緊張が走る。

青春18きっぷ、各駅停車のんびり旅。のはずが、ここでスパイス的イベントが到来。奥羽本線、福島駅と米沢駅の間にある峠駅には、わずかな停車の合間に買える名物があるのだ。一度は逃したその名物。この旅では絶対に手に入れたい……!

峠駅の「力餅」は

福島の良心にお腹と心を満たされ、福島駅12時51分発の米沢行きに乗り込む。
この区間は47分と比較的短いのだが、今回の旅の重要なミッションがここにある。
それは停車時間わずか“30秒”の峠駅で名物「峠の力餅」を購入することだ。
Amazon primeもびっくりのクイックショッピング。
時間を気にせずの、のんびり青春18きっぷの旅の中でおっさんの目の色も変わるスパイス的イベントだ。

路線図

「峠の力餅」への執着の理由。

僕が峠の力餅を買いたいのには理由がある。
冒頭に書いた一昨年の秋田旅の話。あの時もやはり同じ時刻の米沢行きに乗っていた。
峠駅の前の駅あたりで、通路を挟んだ隣の4人掛け席の、見るからに鉄道旅大好き4人組(♂)がソワソワし始めた。
その内の2人が立ち上がってドアの前を陣取る。
有名な写真スポットでもあるのかなあ、なんて思っていたら雪除けの屋根に囲われて薄暗い峠駅に到着。
ぷしーっがこん、とドアが開いた刹那、2人は急いでホームに降りた。なにやら売り子の姿も見える。
他の乗客も続々とホームに殺到している。駅弁?峠?釜飯?(それは別の駅です)なんだなんだ???
頭がハテナマークでいっぱいになったところで、2人が弁当箱のようなものを手に持って座席に戻ってくる。
獲物を仕留めた狩人のように意気揚々と。

やっぱり弁当?そこで発車のホイッスルが鳴り試合終了。ドアはぷしーっがこん、と閉じて、列車はノロノロ走り出す。
売り子の帽子らしきものがホーム側の窓の下の方に見えて一瞬で消えた。
あっという間の出来事だった。

4人組はそのパッケージをグラビア撮影よろしくバーチバチと撮る。みなさん写欲、僕より強くないですか?
1人が赤い紐を解き、包み紙を取り、蓋を開ける。白くて丸いものがお行儀よく並んでるのが見えた。

峠の力餅
一昨年の秋田旅での車内では、こんな風に色めきだった鉄分多めな乗車客があちらこちらでバーチバチ。

ん?大福?もち?団子?甘いもので間違いなさそうだ。
全員で白くてグラマーなもち肌をまたバーチバチと撮影会。
そして全員で何かの儀式のように、その白いまん丸を一斉に頬張り、その味についてあーだこーだ感想を述べ合っている。
大仕事をやり遂げた満足感が彼らの顔からオーヴァーフローしていた。楽しそうだ。
正直、僕は悔しかった、色々な意味で。自分の不勉強さが悔しかった。子どものようにひとり旅であることが寂しくなった。
秋田に到着してネット検索で峠の力餅のことを知る。創業は明治32年で、ルーツは江戸時代にまで遡る。100年以上の歴史に悔しさがぶり返す。

停車はわずか30秒!フォーメーションを練る。

そうなんです、今回ばかりは峠の力餅を買わぬわけにはいかないのです。
僕は写真を撮らないといけないので、ヌマさんに力餅を買ってもらうフォーメーション。
制限時間30秒というプレッシャーに負けそうな2人の前を、若い女性の車掌さんが通りかかったので、峠駅の停車時間を改めて確認する。
なにせ次の電車は約3時間後なのである。30秒と3時間のアンビバレンツな世界。
「30秒です。でも皆さんが車内に戻られたのを確認してから発車しますから、安心してください(にこり)」。

何度も同じ質問を受けているだろう車掌さんが、明らかに自分よりだいぶ年上の我々に、子どもを諭すように笑顔で答えてくれる。
「ですよね~」2人は子どものように安心する。
ヌマさんは財布を覗いて力餅の代金である千円札を準備している。

トンネル

いざ、その時がやってきた!

ほどなく列車は速度を落とし、前と変わらぬ薄暗い峠駅に停まった。
あ、窓を開けて車内から買う人がいる。あれもありか、しかし我々は荷物を座席に放置し、ホームに駆け出した。
売り子のおねえさんは首掛けタイプのばんじゅうのクラシック駅弁売りスタイルだ。映画の世界や漫画でしか見たことがないやつ。
良い感じに角がはげた黒塗りのばんじゅうに、白で“峠駅 峠の力餅”と書かれているから、もう間違えようはない。
売り子も客も30秒の短い世界を必死に生きていた。羽化したカゲロウか。

ミッション完了。「峠の力餅」のお味は?

我がチームも千円札と引き換えに無事、力餅を受け取り、僕は売り子さんの写真をバーチバチと何枚か撮って、慌てて車内に戻る。
ミッション完了。
ドアは閉じられ30秒の世界も終わりを迎えた。

車内の一部ではすでに力餅グラビア撮影会が始まっていた。
こちらも負けじと笑顔で荷物を運ぶ飛脚(?)の絵の包み紙を座席に置いて、レンズを通してデジタルデータに変換する。
包みを剥ぎ、蓋を開ける。
8つの白い丸が2つずつ仕切りられてつがいが肩を寄せ合うように容器に収まっている。
これです、これなんですとバーチバチ。

力餅
包み紙

そして手に取り口に入れる。外気で長時間待機していたせいで、ひんやりしている。
肌理の細かい餅に、ほんのり塩味を感じる上品な甘さの漉し餡が詰まっている。良い意味で普通に美味い!

峠の力餅

峠の力餅はボリューム満点の正しい大福餅であった。
立て続けに2個食べて、胃も心も満足したところで、この列車の終点、米沢が近づいていた。

――つづく。

文・写真:萬田康文

萬田 康文

萬田 康文

写真と釣りと料理と長風呂がどうしてもやめられない、奈良生まれのロスジェネ世代。春夏は渓流を彷徨うべく釣竿とカメラを手に旅をし、秋冬は東京の暗室に籠ってプリントをつくり、春夏秋冬チラホラと来る仕事で糊口をしのぐ生活。2010年より写真家・大沼ショージと東京・駒形に写真事務所カワウソを開く。著書に『イタリア好きの好きなイタリア』(文・松本浩明/写真・萬田康文 イーストプレス)、『酒肴ごよみ365日』(カワウソ 萬田康文・大沼ショージ 誠文堂新光社)夢は北海道で“喫茶軽食釣具”の店を開くこと。名前はもちろんカワウソ。