圧倒的な風情が漂う空間で、鳥すきやきを堪能します。ムネやモモ、レバーに砂肝。鳥のいろんな部位を味わったら、今度はツクネを。味が濃くて旨いったら。そして〆は鳥の旨味がしみ出た汁をご飯にかけて。お酒も料理も究極のシンプルさ。その潔さも素晴らしく、足を運ぶごとに「ぼたん」が好きになってしまいます。
冷たいビールは、あっという間に2本がなくなる。
さて、何にしよう。
酒のことはオータケに任せると八っつぁん、お由美さんがそう言うので、燗酒にしてもらう。
銘柄は櫻正宗。
ちょっと甘めの日本酒ですが、なるほど、鳥すきにきりりと辛い端麗な味わいを合わせても、両者の強弱の塩梅はかえって難しくなるかもしれない。
そこへいくと、甘辛の割り下には、やはりマイルドで甘い口当たりの燗を合わせるのは、なかなか、うまい方法なのかもしれません。
しかも、こちらの「櫻政宗」は本醸造で造りが丁寧だ。
「ああ、これは、いい感じだねえ」
「合いますなア、この酒は」
「あっという間の徳利1本。お由美さん、追加をしておくれでないかい」
「あい、ただいま」
ってな感じですぐさま2本を空にして、さらに2本、という具合になってしまう。
その間も熱鍋は備長炭の火に熱せられ、鳥と野菜は煮える割り下に浮かんで、箸でつままれるのを今か今かと待っている。
ガスや電気ではないし、焼肉屋さんの小窓のついた七輪とも違うので、温度の調節は、薄めの割り下を追加して塩梅を見るしかない。
つまり、あまり、ぼさっとしていられないわけだが、そこがまた楽しいところで、
「あい、煮えましたよ」
「ほいほい」
「あい、シラタキもとってくださいな」
「あら、ほいほい」
という具合に、喰うそばから煮えていく鍋の中身をテンポよくいただくのです。
もちろん酒のテンポもそれに合わせるわけですが、こっちのほうは、そう急ぐこともない。お猪口に注いだり注がれたり。
「まま、ぐっと」
「おっと、ありがとさん、では、お返しに」
「っとっとっとっと、ぷはー、うまい!」
実に楽しいのです。
肉をあらかた投入した後から、ツクネを入れます。これまた見るからに新鮮そうな、--変ないい方になりますが、ピカピカのつくねでして――、ひな鳥でなくて、少し成長した鶏の肉を使ったツクネだそうですが、口に入れてびっくりした。
味わいが、濃いんですよ、味わいが。
こいつぁうめえツクネだねえ、と、思わずため息が出たくらいのものです。
食感も、摺りすぎてねっとりしているのとは逆で、むしろ少し粗目の印象を残し、その粗い襞の隙間に忍び込んだ割り下が、口の中でツクネを噛む瞬間にじわっと口中に広がる。
明治の創業期から変わらぬやり方で供する鳥すきだから、ツクネのうまさにも言葉を尽くしたいところだが、私の頭を支配しているのは、ただの一語。
たまらんなァ……。
これだけ。
鍋もあらかた平らげたら、最後はご飯。
残りの肉と野菜を玉子に絡めて白飯にのせて掻っ込む。
これがひとつ。もうひとつは、割り下の残る鍋に白飯を投入してから玉子とじにする、究極のおじや風。いずれを選ぶも自由だが、いずれにしても、炊き立ての白飯と香の物のうまさがまた格別なることを、最後にひと言、申し添えておきましょう。
神田須田町の「ぼたん」。
この冬、寒い間にぜひ、訪れてみていただきたい1軒です。
――東京・神田「ぼたん」(後編) 了
文:大竹聡 イラスト:信濃八太郎