マグロをめぐる冒険。
半年ぶりの帰還と水揚げ|冷凍マグロ最前線④

半年ぶりの帰還と水揚げ|冷凍マグロ最前線④

マグロを取り巻く状況が変化している今、冷凍の世界において“上質”を追求する静岡県清水港のマグロ専門会社、八洲水産へと向かった。八洲水産が取り引きするのは、いい時季、いい漁場で獲る日本の遠洋マグロ漁船。それを大胆にも一艘買いする。半年ぶりに日本に帰還した、遠洋マグロ漁船の水揚げを追った。

着岸。にわかに港が慌ただしくなる。

遠洋漁船に乗る漁師らが、宴会になると飛び出す「おいらの船は300とん」という歌がある。

♪港出たなら鮪を追って
超える赤道 南方航路
おいらの船は300とん
昔親父も 来て働いた
海はみどりのインド洋 (アーエンヤコラセ アエンヤコラセ)

必ず漁師は冒頭の歌詞の「港」を、自らの母港の名前、たとえば「誉丸」なら「室戸」に替えて、そして、サビの「おいらの船は300トン」のトン数の部分は「379」と、自分たちの船の相当数に替えて熱唱する。南太平洋のオーストラリア・シドニー沖の南方航路で操業する「誉丸」は、まさにこの歌を地で行く船なのだ。

誉丸
南太平洋シドニー沖で獲った天然のミナミマグロをびっしりと積む、第二十九誉丸。

港に船が着岸すると、岸壁で待機していた港湾関係者、なかでも「荷揚げ」と呼ばれる人々が、真っ先に慌ただしく乗船してゆく。「荷揚げ」とは船から荷物を陸に揚げる港湾労働者のことで、この場合の荷物というのはいうまでもなくマグロである。

船内の厨房
和食も得意なインドネシア人のコック、カセモさんが、取材班に船室で食事を振る舞ってくれた。
賄い
ミナミマグロの刺身。インドネシア人の船乗りたちは、醤油とマヨネーズで食べることが多いという。
賄い
ミナミマグロはトロの部分が多く、温かいご飯に乗せただけで英気を養うごちそうになる。

マイナス60度で凍結する「CAS」搭載が誉丸の強み。

誉丸には他の船にはない「CAS(Cells Alive System)」の冷凍庫が搭載されている。
CAS冷凍とはマグロの水分を一気に「過冷却」の状態で一気に凍らせる手法で、数年前から水産業界で注目されている技術だ。誉丸はCASの冷凍庫が搭載された日本で遠洋漁業船で、今でも大変珍しいという。

船主の井上博孝さんはこう胸を張る。
「この技術を使って凍結されたマグロは、解凍してもドリップが出ず、細胞中の水分も失われないのでみずみずしいのです。どんなによい漁場で、時季を選んで、良質のマグロを獲っても、生と違って冷凍は、そこからが勝負なんです。冷凍技術が商品の良し悪しを決定づけるといってもいいでしょう」

船主の井上博孝さん
第二十九誉丸の船主、井上博孝さん。水揚げと値決めのために、高知県室戸から出向いて来た。

マグロの水揚げはクレーンを使って行われる。船の前方に位置する甲板のハッチを開け、クレーンで100kg超のマグロが、一度に20本から30本も、まるでたわわに実ったぶどうの房のようにして釣り上げられる姿は壮観だ。
マグロは近海同様、腹を割き、鰓と内臓が取られ徹底的に水洗いの処理が施された後、CAS冷凍されている。直前までおよそマイナス60度の状態にあったので、地上の空気に触れると、真っ白い冷気が立ち上る。遠洋マグロならではの幻想的な風景だ。

f
「誉丸」は、マグロの鮮度を保つ「CAS」冷凍庫搭載。日本でも珍しいの遠洋漁船だ。
凍結されたミナミマグロが続々とクレーンで運び上げられる。
白い冷気を立ち上らせる様子は圧巻。
ミナミマグロは一匹50~80kgほど。厳重に水揚げされる。
岸に降ろされると、マグロはすぐさま分類分けされていく。
鉄入りの長靴を履いた男性たちがマグロを手早く扱う。

水揚げされたマグロはすぐさま選別され、マイナス70度の冷凍庫へと運ばれる。

マグロにはピンクや緑のテープで目印がつけられている。魚の種類、魚体、釣れた場所が一目で分かる仕組みだ。陸にマグロが揚げられると、八洲水産・社長の柴原毅さんを筆頭に従業員がいっせいにマグロを取り囲む。
100kgの冷凍マグロを扱うので安全面にも抜かりがない。頭にはヘルメット、両手には安全手袋。長靴は鋼製の先芯(さきしん)が入ったものを履く。

八洲水産従業員
トラックが待ち構えており、分類されたマグロはすぐさま分類に即した冷凍庫へと運ばれていく。

水揚げされたマグロはいったん、岸壁に用意された仕分け台の上で選別され、横付けされたトラックで指定の冷蔵倉庫へと運ばれる。選別に使われるのが、柄の先にカギ状の金属のツメがついている「手鉤(てかぎ)」と呼ばれる道具だ。手鉤をエラの部分にひっかけるようにしてマグロを移動させる。

柴原さんは「出刃」と呼んでいる鋭利な切っ先の刃の短い包丁を魚体に刺し、その感触で脂の乗り具合を確かめていた。

手鉤(てかぎ)を使う人
八洲水産社長の柴原毅さん。自らもマグロを仕分けし、チェックする。
小出刃
柴原さん愛用の包丁。これで脂の乗りを確かめる。

午前8時からスタートした水揚げは、お昼前には終了した。
この日の水揚げはおよそ160tだった。

実は船主の井上さんと八洲水産の柴原さんは、この水揚げの前日にもっとも重要な会議をしていた。今回の水揚げの「値決め」をしていたのだ。
通常、魚の値決めは水揚げ後の「入札」や「競り」によって行われるが、獲ったマグロを船ごと一艘買いする遠洋漁業は慣習として水揚げ前夜の入札なのだという。

品物を見ないで値段を決めることに不安はないのだろうか。
柴原社長はこう説明する。
「一度の水揚げが数百 tという単位ですので、そのすべての品物を検品するのは難しいんです。ただ、毎年、同じ季節にほぼ同じ場所で操業しますので、品質がとんでもなくブレることはありません。長い人であれば親父の代からの付き合いですので、お互いに取引の前提となる信用はすでにあるのです。その数百tの中から個別にランクによって品物を選別していきます」

そして、値決め、水揚げという大仕事が終われば、6ヶ月の航海を労う宴会が待っている。
そこで登場する料理とは——。

――つづく。

文:中原一歩 写真:鵜澤昭彦

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中原 一歩(ノンフィクション作家)

1977年、佐賀生まれ。地方の鮨屋をめぐる旅鮨がライフワーク。著書に『最後の職人 池波正太郎が愛した近藤文夫』(講談社)、『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』(文藝春秋)など。現在、追いかけているテーマは「鮪」。鮪漁業のメッカ“津軽海峡”で漁船に乗って取材を続けている。豊洲市場には毎週のように通う。いつか遠洋漁業の鮪船に乗り、大西洋に繰り出すことが夢。