東京都立浅草高校夜間部(正しくは、昼から夜の授業を担当する三部制B勤務)国語教師、神林桂一さんによる浅草エリアのランチ案内です。自身がつくるミニコミに、足で探し、食べて選んだ「浅草ランチ・ベスト100丼」を選出。第3軒目は麺類部門から深夜でも手打ちそばが愉しめて、純粋なランチはもとより昼飲みもできる頼もしいそば屋の紹介です。
そば屋は、今までに660軒行っている。まず語りたいのは「一茶庵」のことだ。
「一茶庵」は、大正15(1926)年に新宿で創業。現在は足利に本店を置く。創業者の片倉康雄氏(1904~1995年)は、機械打ちが当たり前となっていた時代に独学で江戸蕎麦の伝統を復活させ、現在の手打ちそば隆盛の基礎を築いた人物だ。号は「友蕎子(ゆうきょうし)」で「近代蕎麦の始祖」とも「蕎麦聖」とも呼ばれる。蕎麦っ食いにとっては、本当に「一茶庵」様様である。
よく通っていた「鎌倉 一茶庵」(2013年閉店)、「九段 一茶庵」(2016年閉店)、「市川 一茶庵」(2017年閉店)が次々と店を畳んだのは寂しいが、「一茶庵」系のそば屋は全国に1,000軒を超すとも言われる。
弟子の中には、浅草「蕎亭 大黒屋」駒形「蕎上人(そばしょうにん)」、八王子「車家」、吉祥寺「上杉」、立石「玄庵」のほか、そば打ち名人として名高い大分「達磨」の高橋邦弘氏も名を連ねる。
なかでも目立つ勢力としては、「蕎上人」の「手打ちそば・うどん教室」卒業生の約800人、「玄庵」の「江戸東京そばの会」卒業生の約600人、高橋邦弘氏の「翁達磨グループ」の40軒がある(各HPより)。
実は、前シリーズ「観光客の知らない浅草~浅草高校・国語教師の飲み倒れ講座~神林先生の浅草ひとり飲み案内」で紹介した「吉原 もん」(2019年5月12日公開)や、浅草「じゅうろく」は「玄庵」出身。今回、紹介する「なお太」は「蕎上人」出身だ。
「なお太」は、2009年に今戸で開店し、2013年に現在の観音裏に移ってきた。
店主の野崎奈緒さんと店長の三浦誠晶さんが交替で店を守っている。店名は、店主の「なお」+「太く長く」から(そばのように細くでは困るもんね)。
「なお太」の魅力のひとつ目は、「吉原 もん」同様、深夜までそばで〆ることができる大変ありがたい点。
ふたつ目は、ランチも夜も、深夜にだって手打ち(二八の細打ち)の江戸そばが味わえる使い勝手の良さ。
そしてみっつ目は、「そば屋の昼飲み」に最適という点だ。
昼飲みと言っても、立ち飲み屋やホッピーとおりは白帯、そば屋の昼飲みは黒帯、有段者の世界だ。落ち着いた大人の飲り方(やりかた)で「そば前」を楽しみたい。「そば前」とは本来は酒のことだが、昨今は「気の利いた酒肴で酒を楽しむ」というように意味が広がってきている。
酒肴は、焼海苔・板わさなど種物で使用するもの、そば味噌、店自慢のそばつゆを使った出汁巻き玉子などだが、天ぬき(天ぷらそばのそば抜き)も渋い選択。
あくまでも酒とそばが主役なので、控えめなものが定番なのだが、無粋なことは言わずに、手をかけた酒肴・季節の酒肴も楽しもう。
昼飲みについては、『孤独のグルメ』(扶桑社)の原作者・久住昌之氏が『昼のセント酒』(カンゼン)の中で語っているように「人が働いている昼間から飲む背徳感と優越感」がたまらない。そのため、なぜか夜よりも早く酔いが回る気がする(これは体内時計の関係で、昼間はアルコール分解酵素が減るのだとか)。
癖になると危ないと思いつつハマってしまいそう。程々にしないと……(自戒)。
しかし、江戸時代は、「早くから飲める人は、それだけ早く仕事ができる人」ということで「粋」な行為とされていたとも聞く。そうだ、前向きに考えよう!
浅草界隈で「そば屋の昼飲み」といえば、まず思い浮かぶのが老舗「並木藪蕎麦」だが、修学旅行生を含め超人気のため落ち着いて飲めない。「ベスト100」に入っている「おざわ」は、昼は土日祝のみ。同じくリストアップしている「丹想庵 健次郎」のランチも捨てがたいのだが、ミシュラン・ビブグルマンに入ったこともある有名店なので遠慮した。
と言うことで、穴場としておススメしたいのが「なお太」というわけだ。
「なお太」のメニューは、昼も夜も一日中変わらない。夜の肴が、そのまま昼でも楽しめる。しかも品数が豊富だ。冬場はおでんもある。浅草は土地柄、昼飲み客が多いという。そのため、日曜は中休み無しの通し営業。じっくり腰を据えて飲めるというわけだ。日本酒も10種類ほど揃うのが嬉しい。
ランチ限定メニューはないのだが、そばを注文するとおにぎりと小鉢が付き、しかも消費税ナシというお得なサービス! 細打ちなので「冷たいそば」が店のお薦めで、「オリジナルのりそば」など18種類ほどある。
「ベスト100」にも入れた、浅草っ子のソウルフード「角萬(かどまん)」のヒヤダイ(冷し肉南蛮大盛)の影響もあり、観音裏・奥浅草のそば屋には通年で冷し肉南蛮を置いている店が多いように感じる。
「なお太」には、その応用編として「冷し鴨南」まである。取材時点ではメニュー表になかったが、裏メニューとして注文できるので、どうぞ!
三浦店長は「スキマ産業です」と謙遜なさるが、いやいや。観音裏は午前零時前後に閉まる店が多い。その後もスナックやバーには朝までの店もあるが、しっかり飲食できる店は少ない。そんな時、最終的に難民たちを収容してくれる救世主が「なお太」なのだ。
オレにゃあ生涯(しょうげえ)テメェという強い味方があったのだ!
イヨッ、なお太!(『国定忠治』浅草大衆演劇風に)
あなたも「困った時のなお太」を、ぜひご贔屓に。
――つづく。
文:神林桂一 写真:萬田康文