2019年4月、新潟県佐渡島に登場した間借り店「マノチョリソー」。メニューの主役は、なんでチョリソーだったのか?なぜ店を切り盛りするふたりは東京から移り住んできたのか?
間借り店「マノチョリソー」がサンドイッチに挟むチョリソーは、スペインの古いレシピにのっとったもの。挽き肉は豚肉のみを使い、豚の腸に詰める。
「BBQで1本丸ごと焼いて食べるピリ辛のウインナー」といった、日本で一般的にイメージされる南米スタイルのチョリソーとはちょっと違っている。
「マノチョリソー」を切り盛りするのは、瀬下要(せしもかなめ)さん、萌(もえ)さん夫妻。
要さんによると、「スペインでは、チョリソーを調味料の代わりに使うこともあります。玉子と一緒に炒めたり、スープに入れたり。どこのバルにもあっていろんな使い方もあるローカルな食べ物なんです」。
つくる際、もっとも気を配るのは、低温をキープすること。肉をこねるときも、腸に詰める時も、ねじる時も。手早くスムーズに。まごまごしていると、温度が上がってしまい、プリッとした食感や噛みしめるとはね返すような弾力が失われてしまううえ、焼いている時に肉汁も外に流れ出てしまうからだ。
肉の味付けはパプリカパウダーが必須で、唐辛子は入れずごくシンプルに。
現地ではよくジャガイモの揚げ物にかけて食べるのが定番のブラバスソース。この辛味のあるおなじみのソースをサンドイッチの仕上げにかけるのは、「マノチョリソー」流だ。
要さんがチョリソーに思い入れを持つのは、バックパックの旅でスペインを訪ねた際に、深く印象に残った食べ物だったからだ。
要さんは新潟県魚沼市の出身で、東京の大学を卒業すると3年半ほどの社会人生活を経て、バックパッカーの旅に出た。ポルトガル、モロッコ、フランス、キューバ。カナダ。都合約5ヶ月におよび各国を旅してまわったなかでもスペインにもっとも心を奪われた。
帰国してからも、スペインに関わることがしたくて、東京都内のスペイン料理店で3年半働いた。萌さんと結婚してからは、二人で巡礼の旅にも出た。
「チョリソーを食べるとスペインにいたこととか、レストランで働いていた時のことを思い出します。タイムトリップできる味なんです。自分自身でも飽きない単純に好きな食べ物です」
東京で暮らしていたふたりは、家族をつくっていくことを考えて地方へ移住することを考える。
千葉、愛媛、沖縄。いくつかの有力候補があったが、2018年3月に新潟県佐渡島へと移住を果たした。
少なからず要さんが新潟県の出身ということもあったが、決め手はなによりも人だった。
「今関わってる人たちに会えたことですね。間借りさせてくれている、ここ『Silt』さんも。それに、四季があって気候も穏やかなところ、海も山もあるところも佐渡のいいところです」
自分たちの好きなものを、無理なくできる範囲で表現したい。
それが店を始めるきっかけだった。
「この地で手に入る食材でスペインで食べた味を表現して、生活につなげていけるのが理想です。それは、地方移住のひとつの醍醐味でもあると思うんです」
これまで暮らしていた東京と比べて不便もあるといえばある。でも自分たちらしい暮らしを求めて移住してきたふたりにとって、好きなチョリソーを提供して生活につなげるのは、ごく自然なことだった。
週2日のみの間借りはまだほんの始まり。
今は誰もが手に取りやすいことを考えて、萌さんが焼く食パンに挟んでいるが、ゆくゆくはスペインのごく一般的なサンドイッチ「ボガディージョ」同様、バゲットに挟んでいきたいし、チョリソーだけを挟んだものも出したい。
豚の血のソーセージ、モルシージャをつくるもいい。
「マノチョリソー」のこれからの構想はまだまだある。
さらには、一軒家を借りて、チョリソーの工房を併設した専門店にしてみたり、店頭にバルスペースを設けたり。いや、キッチンカーで手製のチョリソーを移動販売するのも愉しいかも。妄想は尽きない。
「なんでも屋にならなくていいと思うんです。せっかく移り住んできたのだからとんがっていかないと。佐渡に住みつつ、スペインに行ったり来たりできたら最高です。巡礼の旅にもまた行ってみたい。心も体もリセットできて得られるものがとても多いんです」
それが叶ったなら、よりローカルなチョリソーを使った料理が登場したり、スペインのエッセンスをより深めていけるかもしれない。
要さんによると、佐渡は移住者が年々増えており、新しいものを受け入れる土壌もあるという。
「Silt」のある真野新町という町の目抜き通りには、2019年春にはイタリア料理店が開店し、この先また別のスポットが誕生する予定もある。
「Silt」の扉はこれまでこの地になかったカルチャーへと開かれているし、佐渡には新しい人が運んでくる新しい風が吹いている。
――「マノチョリソー」 了
文:沼由美子 写真:大森克己/瀬下要