まる、さんかく、しかく
父になった石田ゆうすけさんとおにぎりの話。

父になった石田ゆうすけさんとおにぎりの話。

おにぎりと旅には切り離せない関係がある。そう考えた写真家の阪本勇は、旅をこよなく愛する作家の石田ゆうすけさんのもとを訪ねる。父になったばかりの石田さんが語ってくれた思い出は、にぎりたてのやわらかいおにぎりの話だった。

自転車で世界一周した石田さん。

周りでいちばんの物知り博士は誰かと聞かれたら、僕は石田ゆうすけさんだと答える。

知らないこと、気になったことを石田さんに質問すると、必ず求めていた以上のものが返ってくる。それが言葉の意味であっても、社会的知識であっても、美味しいラーメン屋情報であっても。

石田さんが教えてくれる情報は、スマホでサクっと調べたような薄っぺらいものではなく、自分で見聞きし、経験して得た情報からきている。

スーパーでは野菜や肉に「私がつくりました」と、生産者の名前や顔写真が載っていることが多いけど、石田さんから聞いた情報にはそれに似た信頼感がある。

家族写真

石田さんは7年半かけて自転車で世界一周し、その経験を綴った本を出版して今は作家として活躍している。

何度か一緒に仕事をさせてもらったけれど、石田さんと一緒のときはハードで思い出に残る取材が多い。

ある養蜂家の取材では、蜂の巣箱に近づいて撮影する僕に、「刺されたら針を抜かずにそのままこっちまで来てくれへん?針が皮膚に毒を送り込むためにドクンドクンと動く様子見てみたいねん」と言われた。

同じ関西人同士なので、「なんでやねん!」とツッコミそうになったが、好奇心に満ち溢れた少年のようにキラキラした目で僕を見て、「本では読んだことあるけど実際には見たことないねん!」と言うので、「あ、この人本気で言ってるんや」と思った。

今の時代、なんでもインターネットで簡単に見て知った気になれるだろうに、やっぱり一度自分の身体を通したものを大切にしてるんやなぁと思った。

ごはん
しゃけ

3ヶ月ほど前、石田さんは父親になった。

「自分のやりたいことが自由にできなくなりそうだから子供はいらない」と言っていた石田さんが、我が子にどう接しているのかが気になり、生まれて間もないわこちゃんに会いに、阿佐ヶ谷に住む石田さんの家にお邪魔した。

「阪本君も早く結婚して子供つくったほうがいい(笑)。」というメールからなんとなくその可愛がりようは窺えたけど、実際はその予想をはるかに上回る溺愛っぷりで、それを見てなぜか僕の方まで嬉しくなった。

にぎる

父がにぎるおにぎりの味。

石田さんは世界一周に出る前、19歳、20歳のときにこれまた自転車で日本一周もしている。

おにぎりと旅は切り離せない関係にあると思っている僕は、石田さんはおにぎりに対してきっと特別な感情を持っているに違いないと考えていた。

日本一周しているときは、家に泊めてくれた人に翌日おにぎりを持たせてもらうことは多くあったらしい。

それを聞いて「やっぱり!」と思ったが、意外なことに「最近までおにぎりに対して特別に美味しいものっていう印象はなかった」と石田さんは言った。

おにぎりは携帯もしやすく、食べたいときに食べれるし、お箸は必要ないし、お米をにぎるのは「便宜上の形」のためだと思っていた。

おにぎりに対する考え方が変わったきっかけを聞いてみると、そこにはかよこさんのお父さんにおにぎりをにぎってもらった体験があった。

かよこさんの実家にいるとき、お昼になってお父さんが「よし、おにぎりにぎろう」と言って立ち上がった。

「なんで出かけるわけでもないのにおにぎり?」と思ったけれど、お父さんがにぎってくれたおにぎりを食べて衝撃を受けた。

思い返してみると、今までの旅の中でもにぎりたてのおにぎりを食べたことはなかった。

自転車バッグに詰め、何時間もペダルを漕いだ揺れで形は崩れ、冷たくなっている。

ずっとその状態こそが石田さんのおにぎりに対する印象だった。

今まで最適な状態で食べていなかったことに改めて気付かされた。

「おにぎりってこんなにもやわらかくて、あたたかくて、美味しいものなんや」

それを聞いたかよこさんは「前に花見したときお父さんがにぎったおにぎりは、ほわほわっとやわらかいのを目指しすぎて、手で持たれへんくらいやった」と教えてくれた。

おにぎり

わこちゃんがお腹の中にいるとき、かよこさんはつわりがひどく、何も食べれない状態が続いた。

心配した石田さんが「なんでもいいから食べたいもんない?」と聞くと、「お父さんのおにぎりが食べたい」とつぶやいた。

石田さんはかよこさんの実家でお父さんににぎってもらったあの「あたたかくて、やわらかくて、適度に空気を含んでいる感じ」のおにぎりをつくろうと、ぎりぎり形になるくらいにふわっとやわらかくにぎってかよこさんに差し出した。

ほかの食べ物はまったく受け付けず、お米が炊ける匂いも嫌がっていたかよこさんがそのおにぎりを、むしゃむしゃ!と美味しそうに残さずに食べた。

「そのときの石田さんのおにぎりはお父さんのおにぎりを完コピしてたんですか?」と聞くと、「んー、9割かなぁ」と言って思い出したようにかよこさんは笑った。

わこちゃん

夕方になってラグビーW杯、日本対アイルランド戦の放送が始まった。

日本の大勝利に興奮する大人たちの横で、わこちゃんはずっと気持ちよさそうに寝息を立てていた。

サラダドレッシングも石田さんの自作。
頬張る石田さん。
Genki kun。
石田さんは「本を読む時間をとられたくない」という理由で今もスマホを持っていない。
思ってた以上にデレデレ。
ラグビー前の阪神タイガース戦に夢中の石田さん。
海外でも多く出版されている石田さんの著書。
僕の自転車に試乗するチャリダー石田ゆうすけ。
目を覚ましたわこちゃん。
旅人を送り出すときにおにぎりを持たせるのは、日本独特の習慣なのかもしれない。

文・写真:阪本勇

阪本 勇

阪本 勇 (写真家)

1979年、大阪府生まれ。大阪府立箕面高等学校卒業後、インドにひとり旅。日本大学芸術学部写真学科中退。写真家の本多元に師事後、独立。2008年「塩竈写真フェスティバル フォトグラィカ賞」受賞。高校の先輩である矢井田瞳の撮影のアシスタントをした際には「箕面高校」とあだ名をつけてもらったことも。人物撮影、ドキュメンタリー撮影を中心に、写真・映像の分野で大活躍(する予定!)。