立派な筋子を仕入れたら、次は仕込みだ。朱色の煌めく粒が誕生するまでには、念入りな下拵えが欠かせない。漬けつゆにも「㐂寿司」の考えがある。艶やかで美味ないくらになるには、それ相応の理由があった。
仕入れた筋子はすぐに店に持ち帰り、仕込みをしなければならない。通常、いくらは酒と醤油、もしくはみりんを煮立てて冷ました汁に漬ける。その漬け時間も考慮が必要だ。
いくらの仕込みはまず、筋子の状態の卵を、一粒、一粒にバラバラにすることから始まる。
「㐂寿司」四代目の油井一浩さんは言う。
「北海道ではいくら専用の網を使うのですが、私たちはそのまま手でほぐしていきます。大事なのは塩の使い方です。塩を使って揉みほぐしながら、今度は雑味の元になる血の筋や薄皮を洗い流していきます」
用意したボウルに筋子を入れて塩を投入する。そこに躊躇なく熱湯を注ぐ。
いくらに火が入ってしまわないと心配になるが大丈夫。まずは熱湯で筋子の外側の膜をチリチリと縮めて、中の粒を取り出しやすくするのだという。
熱湯を入れるとタライの中が一瞬濁り、温度が下がる。すぐに手を使って筋子を揉みほぐし湯を捨て、いくらをざるにあげる。
「最初はお湯ですが、その後は水を使います。大事なことは、いくらにしっかりと塩をまぶしてから水を入れること。いくらの粒がきれいにバラバラになるまで、これを繰り返します。この時、いくらの薄皮がカスとなってどんどん浮いてきます。このカスは口に入れた時の食感の悪さの元になるので取り除きます。ただ、いかの薄皮同様、どれだけ取り除いても、完全になくなることはありませんので、ある程度までは徹底して取り除きます」
この作業を繰り返すこと5回。ザルにはそれは見事な宝石のような艶を放ついくらが出来あがった。
いよいよ、ここから「漬け込み」の作業だが、「㐂寿司」の漬けつゆは他所とは若干、異なる味付けだ。
「うちのいくらの漬けつゆは、鰹出汁に、醤油とみりんを加えた、いわゆる蕎麦だしです。日持ちのことを考えると出汁は入れないほうがいいのですが、いくらの濃厚な味を味わってほしいので、醤油漬けに比べると味付けは控えめでさっぱりとした味わいです。もちろん、だしが入っているので2、3日で味が変わってしまいます。毎日、つゆの味を確かめて、なるべく早く使い切るように心がけます」
店では酢飯を海苔で巻いた「軍艦」、もしくは、小鉢に酢飯を入れ、底が見えないほどたっぷりといくらをのせた「小丼」で供する。
アクセントとなるのがわさび。全体に優しい味なので、わさびの香りが全体を引き締める。塩の利いたシャリと味わうことで、いっそう、いくらの濃厚な味わいが引き立つ。
パリッとした海苔の食感と香りとの相性も抜群だ。
「いくらが品書きに載るのは11月中旬までですが、筋子は一年中、お出ししています。こちらも、塩がきつくないものを選んでいるので、ツマミでも軍艦にしても食べやすいですね。いくらの季節が終わるといよいよ冬の足音が聞こえてきます」
――つづく。
文:中原一歩 写真:岡本寿