美しく艶やかないくらは、秋をめでる鮨種のひとつ。「㐂寿司」のそれは、買い付ける筋子の質のよさもさることながら、仕込みにも美味の秘訣がある。「㐂寿司」が選ぶいくらの条件を知るべく、豊洲市場の仕入れに同行させてもらった。
供された途端、思わず顔がほころび、心が躍ってしまう秋の鮨種がある。漆黒の付け台に映える美しい朱色は、ゆでた車海老同様、色に乏しい鮨屋のカウンターをパッと華やかにし、季節の到来を知らせてくれる。その種こそ「いくら」だ。
「㐂寿司」四代目の油井一浩さんが、早朝の市場を歩きながら、こんな話をしてくれた。
「今年はお盆過ぎには市場にいくらの原料となる筋子が並びましたね。昔は10月にならないと手に入らなかったものですよ。筋子に限らずですが、年々、季節が早くなっているような気がします。常連のお客様の中には、この筋子からつくる生いくらを楽しみにされている人がいて、小鉢に3杯もおかわりをされるのです。うちは丼屋じゃないって言うのですけど、よっぽどお好きなんですね。それでも、やっぱり旨いもんですよ。漬けたばかりの新鮮ないくらは季節を頬張る愉しさがあります」
生いくらの原料となる筋子は、雌の鮭の腹を割いて取り出したものだ。秋になると豊洲市場のどの仲卸の店先にも筋子が登場する。しかし、値段は本当にピンキリ。筋子そのものの大きさも、粒の色や形もまったく異なる。
一浩さんは赤貝を仕入れる「牧和」という仲卸で筋子を仕入れる。
仲買人の橋本達実さんが、筋子の目利きについて教えてくれた。
「何といっても遡上する前の『沖』で獲れた鮭でなければなりません。いくらは粒の柔らかさが身上なのですが、川に入ってしまうと、粒が硬くなってしまい、口に入れた時に薄皮が残ってしまいます。あとは鮮度ですね。獲ってすぐに腹を裂いて、取り出したものでないと、色が悪くなり、生臭くなってしまいますから」
この日、仕入れたのは北海道・標津産だった。いくらの産地は遡上する河川によって北海道、青森、岩手、新潟などがある。最初に獲れ出すのが北海道の道東で、秋が深まるにつれて獲れる場所は本州へと移ってゆく。しかし、本州で獲れたものは粒が硬く、できれば北海道で獲れたものを使いたいと一浩さんは話す。
「筋子からこぼれた粒を2つ、3つ、口に入れて、その硬さと感触を確かめます。季節が早いものは、さっぱりとした後味ですし、秋が深まってくると、それこそ卵黄のようにねっとりと、濃厚になってきます。仕入れるのは1週間に2、3回です。これをその日のうちに漬け込んで、なるべく早く使い切るように心がけます」
――つづく。
2019年9月15日~9月23日は夏季休業となります。
文:中原一歩 写真:岡本寿