米をつくるということ。
さあ稲刈りだ!|米をつくるということ⑲

さあ稲刈りだ!|米をつくるということ⑲

映画『張込み』のタイトルバックを思い浮かべながら「さあ稲刈りだ!」と叫んでみたくなるほどに、意気込んで望んだ稲刈り。気持ちだけは前へ前へと、ラグビーを思い起こさせるものの、なにせ藤原智美さんはもちろん、参加したみなさんのほとんどが初めての経験。見よう見まねで、刈ったり、結わえたり。おぼつかない稲刈りが始まりました。

稲刈りは思っている以上に難しい。

わが棚田へ向かう道すがら、ほかの田んぼが嫌でも目に入ってくる。ほとんどは刈り取りが終わり、散髪ずみの頭のようにさっぱりしている。中には新緑の細い葉がたくさん顔を出しているものも。いったいなんだろう?近寄ってみると、イネを刈りとった後の切り株から新しい葉がたくさん出ていた。棚田スタッフの竹中想さんが「ひこばえ」だ、と教えてくれた。イネ刈りしても、放っておくと勝手に出てくるという。イネのなんとすごい生命力。結局、冬を待たずに枯れてしまうのに、それでもなお、健気に天に向かって伸びようとしているのだ。
いよいよぼくらの棚田が目前に迫ってきた。いつものことだけど、田んぼを見る前にちょっと緊張する。おまけに今日は収穫日。これまでの苦労の結果が、すべて明らかになるのだ。

田んぼ
稲刈り後の田んぼに、何か植えたのかな。そう思わせるほどに、緑色の若い芽が顔を出していました。

で、イネはどうか?
あれ、思ったほど伸びていない。うーん、こんなものかなあ。がっかり。が、よく見ると籾(もみ)は茶色に色づいて、しっかり実っているじゃないか。肝心なのは米粒だ。本日もぼくらを先導してくれる小林昇二名人は「イネの丈は俺がつくったやつの半分くらい。だけど籾は育っている」とぼくらを慰めた。一時は雑草に埋もれたりした。けれどそんな困難を乗りこえ、しっかり実ったイネなのだ。収穫量はやや少ないかもしれないが、きっと味は旨いはず、そうだよね、と稲刈りチーム全員励まし合う。

鎌
鎌を使ってないときは、こうして立てておきます。放っておいて、誰かが踏んだりしたらえらいことですから。

その勢いでさっそく全員、鎌を手にとった。わが棚田の稲刈りはすべて手で行う。ふつうは機械でやるが、中には刈りとって脱穀までやってしまう超大型のコンバインもあるそうだ。しかし我らはあくまで鎌で刈る。ぼくはこれまで、ヒエ(食べられない)やコナギという水田雑草(というらしい)をさんざん刈ってきたから、もうその使い方は慣れたもの。と思いきや、さっそく「イネの握り方が違う!」と、名人から厳しいひと言が飛んだ。
そこでまず全員、刈り方を一から学ぶことに。もっとも注意が必要なのは、株を握る手の向きを順手にすること。逆手だと鎌をさばく手元が狂ったとき、ケガをしやすいという。鎌の刃は見かけよりずっと鋭い。難しいのは、刈り取った5、6株をひとつに束ねるとき。あらかじめ腰にまとめて止めておいたワラを数本抜きだして、イネの茎に巻き、それを宙でクルリとまわして縛る。そして束ねたイネを畦に放る。畦のイネの束が10束ほどまとまると、担いでイネを干す「はざ(稲架)かけ」(新潟や北陸での言い方)場に運ぶ。
名人はいとも簡単にイネを縛り、畦に投げてみせるが、実際に自分でやると、まったくダメ。まずワラの結びが弱い。しっかり結んでおかないと、イネを逆さまにして干したとき、ばらけて地面に落ちてしまう。さらにイネが乾いて細くなっていくと、束がゆるくなるので余計に落下しやすいという。

順手でイネをひとつかみ。根元からバサッ。
束ね方
イネをふた束、交差させます。干し台にかけるために。
束ね方
腰に止めておいたワラを数本抜き取ります。サムライのようですね。
束ね方
ぐるっと、刈ったイネの根元をワラで結わえます。
束ね方
簡単そうに見えるけど、いやいや、たいへん。
束ね方
器用であること。農作業をやる際には重要なポイントです。
束ね方
結び目は、こんな感じになります。
束ね方
全体像は、こんな感じです。

みんな名人やスタッフの作業を見ながら、おぼつかない手つきでイネ刈りをスタートさせた。しかし、まごついて進まなかった刈り取りも、だんだんコツを掴んだのか、次第にリズムが出てきた。刈って、刈って、刈って、束ねてを繰り返せるようになった。ただ難しいのが、畦に放ること。うまくコントロールしないと、途中で田んぼに落下したりするし、乱暴に放ると穂が傷ついてしまう。結局みんな一束ずつ、畦に運んでいる。
田植えも、草取りも、イネ刈りも、田んぼの仕事というのは、続けてやっているうちに自然に作業に没頭し、我を忘れてしまうものらしい。みんな寡黙に刈って、刈って、束ねてをくり返している。ふっと気がつくと、時間が経っている。体の強張り、喉の渇きに気づいた。30 分ほど刈りとった後、水分補給の休憩に畦に上がった。前回、草取りに熱中するあまり休むのを忘れて、危うく倒れそうになった苦い経験から、今回は早めに休憩をとる。

畦
刈って、結わえてを繰り返して、畦に並べていくと、なんとなく形になっているような気がするから不思議。

恐れていたことが起こった。

しかし名人は相も変わらず、もの凄い勢いで刈り取りを続けている。畦からじっくり観察した。師匠の技を盗む弟子の気分。いったい、みんなとどこが違うんだろう?すると、あることに気づいた。足を開く幅がぼくよりずっと広いのだ。ぼくが腰幅くらいに開いて、膝を曲げながら作業をするところを、名人は両足をぐっと大きく開いて、足を踏ん張りイネを鎌で刈り取っていく。ああ、これが正しい姿勢なんだと気づいた。開く両足の幅が狭く腰の位置が高いと、上体をぐっと前屈みにしなければならず、それだと腰に負担がかかりやすいし、膝もがくがくする。そういえば写真などを見ると、田植えにしろ、イネ刈りにしろ、農家の人はみんな両足をきちんと開いて作業している。
さっそく、ぼくも畦でその姿勢をまねしてみた。しかし、腰や膝は楽な感じだが、反面、内股が突っ張って痛い。付け焼き刃で名人の姿勢をまねてもダメらしい。

小林昇二さん、藤原智美さん
名人である小林昇二さんに教えを乞う藤原智美さん。エア稲刈り中。

農業だけでなく、体を使う仕事にはそれにあった姿勢、身のこなしがあり、経験の中で肉体も仕事に合わせて鍛えられていく。そういうことなんだなあ。名人もそうだが、農家の人はみんな背筋がしゃんと伸びている。一方、デスクワーク中心のぼくらは、どうしても猫背で肩があがって、年寄りっぽい姿勢になりがち。一日中デスクにへばりついて、パソコンの画面を見ているんだから、仕方がないか。
などと考えていると、ぼくを呼ぶ声がした。マルチシートを使った雑草が少なく、その分だけよく育った期待の田んぼ、あの棚田の方からだ。いってみると、江部さん、竹中さんが深刻な表情で突っ立ったままだ。これは、只事ではないぞ!
「どうしたの?」と、田んぼを見ると、イネの穂先が力なくだらり垂れて、かろうじて茎と繋がっていた。どのイネも情けない姿をさらしていた。「たわわに実る」という弾力のある感じとはほど遠い。まったく生気がない。花瓶で枯れはてた切り花のよう。
「いもち病!」と、竹中さんはひと言発したきり黙りこくった。
稲熱病と書く、稲作農家がもっとも恐れるあの病気だ。みんな茫然自失。さあ、どうする?

――つづく。

いもち病
だらりという表現がぴったり。これは困った。弱った。なんだよ、いもち病って!

文:藤原智美 写真:阪本勇

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藤原 智美(作家)

1955年、福岡県福岡市生まれ。1990年に小説家としてデビュー。1992年に『運転士』で第107回芥川龍之介賞を受賞。小説の傍ら、ドキュメンタリー作品を手がけ、1997年に上梓した『「家をつくる」ということ』がベストセラーになる。主な著作に『暴走老人!』(文春文庫)、『文は一行目から書かなくていい』(小学館文庫)、『あなたがスマホを見ているときスマホもあなたを見ている』(プレジデント社)、『この先をどう生きるか』(文藝春秋)などがある。2019年12月5日に『つながらない勇気』(文春文庫)が発売となる。1998年には瀬々敬久監督で『恋する犯罪』が哀川翔・西島秀俊主演で『冷血の罠』として映画化されている。