米をつくるということ。
トンネルを抜けると稲刈りだった|米をつくるということ⑱

トンネルを抜けると稲刈りだった|米をつくるということ⑱

東京から魚沼へ向かう。トンネルの先には、大事なイネが待っている。植えたら、刈る。2回の草刈り&草取りを挟んで、いよいよ迎えた最終局面。稲刈りは、米をつくるために通らなければいけない道である。真夏のような暑さだった5月の田植えから4ヶ月ちょっと。緑色の苗が黄金色の穂へと姿を変え、いまかいまかと刈られるのを待っているというのに、腹ごしらえのお話からスタートです。

腹が減っては稲刈りが出来ません。

ついに稲刈りの日がやってきた。イネは雑草に負けずしっかり育っただろうか、魚沼の名に恥じない、おいしいコシヒカリになっているだろうか?
一刻も早く田んぼに行ってみたい。しかし高ぶる気持ちを抑えて、ここはひとまず集合場所の「越後まつだい里山食堂」へ向かう。先陣を切って、稲刈りのチームを待つことにしよう。

草間彌生さんの作品
ひと足早く、まつだい駅に到着した藤原智美さん。草間彌生さんの作品を横目に、いざ稲刈りですよ。

店内に入ると、前面が総ガラス張りで、里山の景色がすぐそこに。まるで自然の中に自分もいるようだ。棚田のところどころに置かれた人型のモダンアートが目を引く。
緑の風景に圧倒されていると、うまそうな料理の匂いに気づいた。ふり返ると、オープンキッチン前のカウンターにずらりとならんだ大皿が、ぼくを手招きしていた。いったい、これは!
20皿以上あるではないか。「ここで昼食」とだけ聞いていたが、それがこんなに豪華なビュッフェだとは思わなかった。これ、予定の1時間ですべて堪能できる?

看板
藤原さんがビュッフに見惚れている頃、東京からバスで向かった面々もあと少しのところまで来ていたんですよ。

キッチンでかいがいしく動き回っている地元のお母さんらしい店員さんをつかまえて、ちょっと聞いてみた。「料理は有名なシェフが監修したもので、その一番弟子が今日も厨房に入って腕をふるってるんですよ。ほらあの人!」と、教えてくれたが、なんか本格的にすごそうな人らしく、声をかけそびれた。
料理を監修したのはニューヨークの三つ星レストラン「ジャン・ジョルジュ」で副料理長を務めた米澤文雄さんで、この日、腕をふるっているのは塩沢済シェフらしい。フレンチか、と思いきや、大皿をひとつひとつのぞいていくと、いやいや、地元の野菜や食材が満載だった。

ランチ
稲刈り前のランチは農舞台にある「里山食堂」にて。
からあげ
野菜も肉も丁寧につくられた料理が大皿に盛られていました。

みんなが来るまで、眺めるだけのつもりが、どうにも我慢ができない。掟破りを承知で、こっそり味見を始める。まず目に留まったのは棒鱈というプレートの文字。棒鱈は新潟の伝統食材ではないか。しかしこれは「棒鱈のブランダード」と銘打っている。南フランスの地方料理を新潟の食材でアレンジしたものらしい。じゃがいもとミルクを混ぜ合わせ、ペーストに仕立ててある。うーん、おしゃれだ。
隣には「ひよこ豆のフムス」。こちらはたしかアラブあたりの料理だっけ?
このふたつをディップにして自家製フォカッチャをいただく。フォカッチャはイタリアだから、新潟食材による万国オリジナル料理といった按配だ。そして「糸瓜の炒めなます」。糸瓜とはソーメンかぼちゃのことで、いうまでもなく地元食材だ。そしてこちも地元の「夕顔煮」。かすかな弾力があり、口当たりが抜群だ。「クルミのキャラメルゼリーとカボチャ煮」。「しゃぶしゃぶ仕立ての妻有ポーク」。つぎつぎに皿に盛っていく。おお、みんなうまい!
チームが到着する前にと、皿の残りを慌ててかき込む。まるで泥棒猫の気分。しかし、わが皿がきれいになっても、いったん火がついた食欲は止まらない、やめられない。

食欲の秋を言い訳にして、ついつい食べ過ぎます。ビュッフェは性格が出ますね。

腹がいっぱいでは稲刈りは出来ません。

まだまだ魅力的な料理がたくさんあるが、やはりここはごはん。稲刈り前なのだから、何をおいても米で力をつけておこう。すぐにごはん類のコーナーへ。「トマトカレー」からはスパイシーなインドの香りが。米の旨さだけを純粋に味わうため、こちらはグッと我慢して、魚沼産コシヒカリの白米と玄米を皿に盛る。
ちなみに有名ブランドとして名高い魚沼産を名乗れるお米は、魚沼市のほかに南魚沼市、小千谷市、ぼくらの棚田がある十日町市など旧魚沼郡でつくったものだ。実は都内のスーパーでは魚沼産100%のコシヒカリを手に入れるのは、意外と難しいとか。もちろん里山食堂の米は100%魚沼産である。
その白米、玄米に加えて、漬け物のコーナーから「カブの酢漬け」と、それからついでに「根菜ピクルス」も皿に盛った。さらにみそ汁代わりに「玄米スープ」も。お米の旨さはあえて言うまでもないが、ぼくにとっては初物である玄米スープというのがまことに美味。玄米の香ばしさがたまりません。
よし、もう一度。皿を持って、ビュッフェコーナーに向かったが、突然、満腹感に襲われた。まだ食べたいものがたくさん残っているのに!胃袋がもうひとつほしい。

プレート
稲刈りチームが到着したときにはもう食べ終わっていた藤原さん。なので、このプレート写真はイメージなんです。

とそこへ、どやどやとdancyu webの稲刈り隊が入ってきた。いかん!慌てて目の前の皿を手でおおったが、しっかり見られてしまった。「あっ!藤原さん、もう食べてるんですか」。江部編集長にあきれ顔で言われて、ようやくわれに返った。いっときシュンとしてテーブルに着いていたが、やっぱりダメ。頃合いを見計らって、デザートの「ココナッツミルクのゼリー」だけ、こっそり手にした。

稲刈りチーム
稲刈りチームが「里山食堂」に到着したのは12時30分。藤原さん以外はランチ前なので、稲刈りの説明中もうずうず。

稲刈りに集まったみんなも、予想外のご馳走に嬉々としてカウンターの列に並んでいる。食べたい物がいっぱいで時間が足りない!と泣きそうな顔の女性も。江部編集長などは二度、三度とお代わりしている。そうでしょ、これは簡単に済ませられるランチではないんですよ。
ようやくみんなが腹ごしらえを済ませた。ぼくははっきり申し上げて食べ過ぎ。かがんで力仕事をする稲刈り前だから、満腹だけは避けたかったのに、しょっぱなから大失敗である。
昨晩は棚田も大雨になったらしい。本日は曇り空で、暑くもなく寒くもない稲刈りには絶好な日和。総勢20人ばかりの稲刈り隊は棚田へ向かって出発となった。
ところが、ぼくらを棚田で待ち受けていたのは、実にショッキングな光景だった。続きは次回に。

稲刈り
さあ、稲刈りに向かいますよ。週の初めの雨予報にどきどきしたものの、雨雲を吹き飛ばして、稲刈りには絶好の空模様!

――つづく。

文:藤原智美 写真:阪本勇

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藤原 智美(作家)

1955年、福岡県福岡市生まれ。1990年に小説家としてデビュー。1992年に『運転士』で第107回芥川龍之介賞を受賞。小説の傍ら、ドキュメンタリー作品を手がけ、1997年に上梓した『「家をつくる」ということ』がベストセラーになる。主な著作に『暴走老人!』(文春文庫)、『文は一行目から書かなくていい』(小学館文庫)、『あなたがスマホを見ているときスマホもあなたを見ている』(プレジデント社)、『この先をどう生きるか』(文藝春秋)などがある。2019年12月5日に『つながらない勇気』(文春文庫)が発売となる。1998年には瀬々敬久監督で『恋する犯罪』が哀川翔・西島秀俊主演で『冷血の罠』として映画化されている。