2019年も「d酒」を造りました!
山廃に願いを込めて|d酒2019「熊本酵母の旅」エピソード6

山廃に願いを込めて|d酒2019「熊本酵母の旅」エピソード6

dancyu webオリジナルの「d酒(ざけ)」をつくる仕込蔵は新潟県佐渡島にある。その名も「学校蔵」に到着。熊本から運んできた熊本酵母が、ついに山廃仕込みの酒母に添加される!

佐渡の「学校蔵」へやって来た!

佐渡島の両津港へ着くと、あたりは佐渡おけさが溢れていた。笠をかぶって踊る女性像、それをモチーフにした佐渡グッズ、建物の壁面も踊っている。
佐渡おけさは北前船を介して熊本県天草から伝わったという説があるからして、いま抱えている熊本酵母は歴史を超えた必然の邂逅という気すらする。

外観

両津港から「学校蔵」へとレンタカーを走らせると、島には遠い思い出の中に置き忘れてきたような夏が待っていた。陽ざしは健全に強く眩しく、空はパキッと青く高い。
一本道の県道沿いには、青々とした田んぼが広がっている。
「ああ、5月に植えた私たちの田んぼの稲はちゃんと育っているだろうか」なんて思いもよぎる(dancyu webでは、米づくりにもトライしているのです)。

「もう着きますよ」と、ハンドルを握るエベさんの声。
海岸沿いに伸びる国道からキュインと細い急坂を上り、懐かしい佇まいの木造校舎の「学校蔵」に到着した。
見晴らしのいい高台にあり、眼下には美しい海が広がっている。
蔵の人たちは、仕事中なのだろうか。築64年の校舎は静まっていて、夏休みの小学校そのままの風情である。

バラ
2010年に廃校になった木造校舎は2014年に仕込蔵として再生。花壇には杜氏が育てたバラが咲き誇っていた。ヒマワリはこれからだ。
「西三川小学校」の表札
小学校の表札はそのまま。
学校蔵
校舎の入口には、杉玉と「学校蔵」の看板が掲げられる。
木造校舎
校舎手前の噴水には「友情」と題された少年少女の像が立つ。

山廃は思うようにならない。

まずは、杜氏部屋へ挨拶だ。
中から、のっしり大きなシルエットの中野徳司杜氏が現れた。
中野さんの表情はやや曇り気味だった。
「……上がんないんですよ。まだ。だから今日は添加はできないなぁ」

そう。これは乳酸酸度の話である。
2019年のd酒は「山廃」仕込みでつくる。
昨今では一般的な「速醸」仕込みが、酒母に乳酸を添加して酸性にするのに対して、「山廃」仕込みは乳酸を人工的に添加せずに乳酸発酵させ、乳酸酸度を上げる。自然の力に頼るところが大きく、「速醸」に比べると酒母を育てるのにはるかに時間がかかり、杜氏の技術も求められる。中野さんは、「酸度がまだ理想の値まで達していないので、酵母を持ってきてもまだ添加できる状態じゃない」と言っているのだ。

中野徳司さん
「学校蔵」の中野徳司杜氏。この仕込蔵を運営する尾畑酒造では製品出荷部課長を務める。

翌日になっても、乳酸酸度に変化はなかった。
中野さんは、熊本酵母を熊本まで取りに行き、わざわざ運んでくるという奇特な私たちを思い、「せっかくならこのタイミングで添加してあげよう」と算段していた。だた、そこは山廃。この仕込みは人力でも念力でも、しかるべき時がこないと酸度は上がらないのだ。

タイムリミットがきた。
熊本酵母を中野さんと蔵人のみなさんに託し、私たちはさどを帰京する。
酵母の添加、お願いします!そして熊本酵母がきちんと走りだしますように!中野さんの大きな背中(とお腹)に祈りを捧げ、私たちは佐渡を後にした。

西三川小学校からの眺め
「日本で一番夕日がきれいな小学校」と謳われた西三川小学校からの眺め。

東京へと戻った、翌日。「学校蔵」の蔵人である瀬下要(せしもかなめ)さんから写真が送られてきた。
スマホに向かって「おおーっ!」と思わず声を出した。
熊本酵母が添加されましたか!
次に佐渡へ向かうのは、熊本酵母を添加したこの酒母で三段仕込みをする時だ。
海の上に立つあの木造校舎のあのタンクに向けて、そして、そこに手をかける杜氏と蔵人に向けて、最敬礼をした。

酵母

――つづく。

文:沼由美子 写真:大森克己/瀬下要

沼 由美子

沼 由美子 (ライター・編集者)

横浜生まれ。バー巡りがライフワーク。とくに日本のバー文化の黎明期を支えてきた“おじいさんバーテンダー”にシビれる。醸造酒、蒸留酒も共に愛しており、フルーツブランデーに関しては東欧、フランス・アルザスの蒸留所を訪ねるほど惹かれている。最近は、まわれどまわれどその魅力が尽きることのない懐深き街、浅草を探訪する日々。