米をつくるということ。
草取りの次は稲刈りだ!|米をつくるということ⑰

草取りの次は稲刈りだ!|米をつくるということ⑰

雨はお昼過ぎに晴れへと変わるだろう。なんて思っていたけれど、ずっと雨中の戦いだった2度目の草取り。どうしても倒さなければならない相手=雑草をなんとかなぎ倒したまではよかったものの、あってはならないこともやってしまい、失意のうちに農作業は終了。次回、この棚田を訪れるのは稲刈りの日。収穫まで、もう少しだ!

雑草界の強者にジャイアントキリング!

黙々と草取りに励む、小林昇二さん。プロの仕事というものを思い知らされました。

棚田の救世主、小林昇二名人の力を得て、田んぼの雑草掃討作戦はエンジンがかかり、グングンと進み始めた。
しかしぼくのほうは、早くも息切れ状態に。たまらずに田んぼから上がり、ひと休みすることにした。高温多湿の中の作業は想像以上にこたえる。スタッフが用意してくれたペットボトルの水がなんとうまいこと。ただの水がこれだけうまく感じるのも、田んぼで汗を流したおかげだな。
ほっとひと息ついて、この疲労の元凶である雑草に改めて目をやった。繁茂する草の中心はヒエだという。『日本書紀』の「五穀」に含まれる植物だ。田んぼの中には、小さな穂をつけるまで成長したものもある。しかしあまりうまそうではない。そのはずで、この田んぼに生えるヒエは、呼び名は五穀のヒエといっしょでも、食用にならない別種だという。ならばただちに成敗するしかないのだが、あまりの量に見るだけでげんなり。

田んぼの真ん中には、イネよりグーンと高く伸びた一本の草、いや木がある。この棚田で最強最悪の雑草だ。昨日、勝ち誇ったようにイネを見下していたあいつ!
その逞しい姿を改めて目にすると、また、むらむらと怒りが増してきた。ぼくは再び田んぼへ入った。

威風堂々と言いますか、イネを見下ろすかのように田んぼの真ん中に立つ雑草が、こいつです。

イネから一段と高く顔を出したそいつは、葉と茎が見ようによっては、きゃしゃな美しさがあり、秋にはかわいい花を咲かせるのかも。しかし、純真無垢を装う可憐な姿に惑わされてはいけない。
正体を暴いてやろうと、ぼくはまわりのヒエやイネをかきわけた。すぐに青いヘビのように気味の悪い茎の模様が露わになった。鎌で刈っても、トカゲの尻尾のようにまた生えてきそう。ぼくは根元を握ると、力を込めて引き抜こうとした。しかし、すごい抵抗力。土中に隠れた得体の知れない化け物と綱引きをやっているみたいだ。両手で茎を握り直すと無我夢中で力を込めて引いた。
ズボッという音ともに、ついに抜けた!
ぼくは雄叫びを上げてそいつを掲げてみんなに見せた。拍手喝采、と言いたいところだが、それぞれ自分の作業に集中していて、期待したような反応がない。写真家の阪本勇さんだけが駆けつけてくれた。
チームの6人は、みんなそれぞれ離れたところで作業中。やはり草取りは孤独な仕事なのですね。ぼくはその獲物を畦に放り投げると、ひとりほくそ笑み、いそいそと草取りを再開した。

取ったどー。と言いたいところだけれど、田んぼにいる誰もが目の前の草取りに邁進しているので、下向きなんですよね。

雨はやみそうにない。しかし手を止めるわけにはいかない。昼までには草取りをやり終えなければならないのだから。ヒエや雑草は根元から案外簡単に引き抜ける。ただしイネと雑草をよりわける作業がひどく面倒で、その間ずっと中腰なのが辛い。ともかく田んぼの仕事は腰にくる。
そのうちに手で雑草を引き抜く力も出なくなった。ここは気分を変えて、鎌を使おう。名人もあの長柄の鎌で、見事に刈ってたじゃないか。この短い柄のカマならぼくにだってできるだろう。
バサッ、バサッ、バサッ。いいじゃないか。やっぱり人間は道具を使う動物なのだ、そう納得して刈っていくものの、そのうちにむしろ自分が草刈り機という道具になったような気分におちいる。肉体の疲労が頭まで達して、思考停止になってしまったのだろう。

地面の草を取るということは、イコール腰を屈めて作業するということ。腰がしんどいんです。

イネくん(イネちゃん?)、ごめんなさい!

そして事件は起こった。いや自業自得の事故だ。雑草の茎を束ねて鎌で一気にバサッと刈る。この動作をまさに機械的にくり返していたのだが、刈り取った雑草を畦に放り投げようとした瞬間、手元を見てハッとわれにかえった。なんとそれはイネだったのだ。
やっちまった!
しかし声が出なかった。辺りを見まわしてみたが、この愚かな行為に誰も気づいていない。いったいこのイネはどうすればいいのだろうか?
田んぼに戻し、土に挿し木しても再生するはずはない。むしろ倒れた稲穂が芽吹いて雑草化するかもしれないじゃないか。どうしていいかわからないまま、ぼくはせっかくここまで育てたイネを一株、畦に投げた。ごめんなさい!
あまりの疲れに集中力を欠いていたのだ。鎌で手を傷つけなくて良かったと思う。稲刈りのときは気をつけよう、などと、反省していたのはわずか1、2分のこと。またあの思考停止の人間草取り機にもどってしまった。

間違えて刈ってしまったイネを、畦へと放る藤原智美さん。さよならは別れの言葉じゃないと思いながら。

ようやく作業予定の2時間が過ぎた。ぼくらは田んぼから畦に上がった。しかし名人と、初参加の玉木有紀子さんの手がなかなか止まらない。田んぼの仕事に慣れた人は、これしきの時間ではまったくへこたれないようだ。今度、名人に疲れないコツを訊いてみよう。

この日の草取りに駆けつけたのが、越後妻有里山協働機構理事の玉木有紀子さん。大活躍。MVPです!

こうして2回目の草取りが無事終了した。結局、マムシは出なかった。稲刈りまでにスタッフの人が見回って、もし万が一見つかったらしっかり退治してくれるはずだ。
田んぼの雑草はなんとか8割方、取り去った感じ。残りはスタッフのみなさんにお任せしよう。きっと豊かな(ちょっと心配だけど)実りが期待できるはず。稲刈り当日の晴天を祈るばかりだ。
それまでしばしのお別れ、魚沼の棚田よ、元気でね。

草取り中はしかめっ面なのに、終わると途端に元気になって笑顔になる。さぁ、稲刈りだ。

――つづく。

文:藤原智美 写真:阪本勇

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藤原 智美(作家)

1955年、福岡県福岡市生まれ。1990年に小説家としてデビュー。1992年に『運転士』で第107回芥川龍之介賞を受賞。小説の傍ら、ドキュメンタリー作品を手がけ、1997年に上梓した『「家をつくる」ということ』がベストセラーになる。主な著作に『暴走老人!』(文春文庫)、『文は一行目から書かなくていい』(小学館文庫)、『あなたがスマホを見ているときスマホもあなたを見ている』(プレジデント社)などがある。最新刊は『この先をどう生きるか』(文藝春秋)。1998年には瀬々敬久監督で『恋する犯罪』が哀川翔・西島秀俊主演で『冷血の罠』として映画化されている。