dancyu webオリジナルの「d酒(ざけ)」。2018年に続く2度目の酒造りが始動しました。酵母は生命力旺盛で上品で控えめな香りのお酒を醸す「熊本酵母」に決定!熊本は、酒造りを行う新潟県佐渡島の佐渡おけさのルーツの地でもあるゆかりの深い地なのです。でも生きている活性酵母って、どうやって手に入れるのでしょう?
「今年のd酒には熊本酵母を!」と力説してから半月。
d酒のための酵母選びは深く静かに進行し、熊本酵母の頒布元である熊本県酒造研究所からの了承も得られたそうで、まずはありがたいことになっていた。
しかし、活性酵母は宅配便では運べない。
「人間だもの。みつを。生き物だもの。酵母」
なので、熊本まで受け取りに行く必要があるのだそうだ。
……誰が?
って、わたしか。ですよね。了解です。
しかしながら。
酵母は、飛行機にも乗せることはできないそうで、呼吸をさせながら陸路で運ぶしか方法がないそうなのだ。
「ええええええ!」
そこまでの時間(と体力)がない、と訴える私にdancyu web編集部の江部編集長は「大丈夫です!」と朗らかな声。
「ヌマさんが運んでくれますから」
ヌマさんとは、気丈な運送会社さんではない。同編集部の沼由美子さんが新幹線で運んでくれるというのである。
ううう、沼さん、なんという大役を。ありがとうございます。
というわけで。沼さんと私は熊本県酒造研究所へとやってきた。
ここは、明治42年に熊本県酒の酒質向上を目的に創られた研究機関兼醸造所である。
まずは、敷地内に建立されている初代所長・野白金一先生(1876~1964)の銅像に最敬礼を。
この野白先生こそが、熊本県酒の酒質向上のために尽力し“酒の神様”と呼ばれた研究者。昭和27年に、現代の吟醸酵母のルーツとも呼ばれる熊本酵母を分離した人なのである。
熊本酵母は、その優良な性質ゆえに、昭和43年には日本醸造協会の「きょうかい酵母9号」として認定、頒布され、多くの酒造家に支持されている。
では、熊本酵母がどう優良であるのか。その性質を説明して下さるのは、当研究所の製造部長・森川智(さとる)さん。
森川さんとは、2016年に取材をさせて頂いて以来、約2年半ぶりの再会である。
2016年の大地震では、当研究所も大正時代から使用していた煙突が倒壊し、酒蔵も一部が傾斜、貯蔵の一升瓶約600本が割れるという大きな被害があった。その際、森川さんは「蔵の人たちが、もう駄目だ、と絶望しないように」といち早く炊き出しをし、みんなに食べさせ励ましたという勇気と行動の人である。
なによりも、この蔵には全国の酒造家との共有財産である熊本酵母を災害から守らねばならないという大切な仕事があった。そこは常日頃からの責任感と危機管理能力の素晴らしさで、冷蔵保存が常時必要な酵母が災害時の停電で駄目にならぬよう、自家発電装置を準備していた上に、乾燥させたドライ酵母を常温保存、なおかつ分散させて保管するなど万全のバックアップ体制を取っていたのだという。
そうして大地震という非常時を生き延びた貴重な熊本酵母。今回その酵母を使わせて頂くにあたり、改めて酵母の特性をお聞きすると、森川さんは「強いですよー、こいつらは」と自慢の部員を紹介するような口調で語り、カラカラッとした笑顔になるのだった。
――つづく。
文:藤田千恵子 写真:比田勝大直