大竹聡さんの「20代に教えたい」酒場案内。
飲み尽くせやしない、浅草観音裏という魔境へ。|東京・浅草「ぬる燗」(前編)

飲み尽くせやしない、浅草観音裏という魔境へ。|東京・浅草「ぬる燗」(前編)

多彩な店に、気さくな人々。街が放つ強烈な引力に引かれて、花の都・浅草へ。選択肢がありすぎて迷ってしまうけど、今夜向かうのは、観音裏に佇む名店「ぬる燗」と心は決まっている。いざ!

遊興の街、浅草観音裏に潜む名店「ぬる燗」へ向かう。

浅草で飲む。そう決まっている日は、朝から楽しい。できるだけ早くでかけて蔵前から浅草寺にかけて散歩をし、時間があるなら演芸ホールで落語や漫才を楽しむという手もある。

起きっぱなから、そういう妄想が立ち上がるくらいに、浅草には魅力がある。東京の西の郊外で生まれ育ち、今も多摩地域に住む私にとって、浅草は、これぞ下町。街も人も、風物も、どれをとってもここにしかないもので惹き付ける。

飲み屋も豊富。豊富というのが正しいと思うくらいに、いろいろなタイプの飲み屋がある。中華食堂、大衆食堂、立ち飲み、ビアホール、焼肉、小料理、本格中華、あれやこれや、枚挙に暇なく、どの1軒に入るか、あるいは、何軒回るか、迷って迷って、ああ、やっぱりここへ入りたいと1軒に決める。その瞬間がまた楽しい。

観音様の裏側は、おもしろい。この土地に詳しい人たちがこぞって案内をしたがるエリアともいえる。そして、付いていって損がないのも、このエリアだ。

「ぬる燗」という飲み屋さんも、観音裏の名店だ。居酒屋、小料理、一杯飲み屋、いろんな呼び方ができそうだが、呼び名はどうでもいい。若い人には若干敷居が高いと感じられても、勇気を絞って入ってみたいお店、とだけ、まずは紹介しておきましょう。

突き出しの小松菜の豆乳のスープからして、感嘆のため息がこぼれる。

「ぬる燗」の引き戸を開ける。靴を抜いて上がると、そこがカウンター。畳敷きになっていて、座布団が配されている。


まずは大瓶のビールだ。冷えた瓶とコップと、お通しが出る。

「今年の夏は、この出番が多かったですね」
ご主人の近藤謙次さんがそう言いながら出した冷たいスープに口をつける。ほんのりと甘く、さらりとしていて、ホッとさせるうま味もある。豆乳とホワイトソースと小松菜のスープ。はあ、うまいなあ、と早くも感嘆のため息が出た。

品書きを見れば、まずはその数に驚く。刺身、焼き物、煮物、揚げ物、他に「酒肴」として肉、野菜、魚を材料とした、工夫を凝らした料理の名がずらりと並ぶ。これが本日の料理です、という形で、ざっと数えて50種類を超える。

メバチ鮪赤身漬け 辛味大根添え、をいただく。マグロはサイコロ状に切ってある。薄切りの漬けではなく、肉厚のマグロの漬けである。味はよくしみて、食べ応えも申し分なく、添えてある辛味大根によって、口に入れたときの印象が爽快になる。切れ味のいい、マグロの漬け、といえばいいだろうか。大分は日田の小鹿田(おんた)焼きの皿に盛られたところも、ひとつの絵柄として美しい。

サーモンハラスの燻製焼き

つまりですね。非の打ちどころがない。

酒をもらおう。宮城の萩の鶴。特別純米の秋あがり。軽く甘めでしっとりした印象の酒で、マグロの漬けに合う。

さて、次のつまみ何にしよう。

――東京・浅草「ぬる燗」(後篇)につづく。

店舗情報店舗情報

ぬる燗
  • 【住所】東京都台東区浅草3-20-9
  • 【電話番号】03-3876-1421
  • 【営業時間】18時~24時45分 日曜、祝日は17時~22時30分
  • 【定休日】不定休
  • 【アクセス】つくばエクスプレス「浅草駅」より6分

文:大竹聡 イラスト:信濃八太郎

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大竹 聡(ライター・作家)

1963年東京の西郊の生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告会社、編集プロダクション勤務を経てフリーに。コアな酒呑みファンを持つ雑誌『酒とつまみ』初代編集長。おもな著書に『最高の日本酒 関東厳選ちどりあし酒蔵めぐり』(双葉社)、『新幹線各駅停車 こだま酒場紀行』(ウェッジ)など多数。近著に『酔っぱらいに贈る言葉』(筑摩書房)が刊行。