麺店ポタリング紀行
取材って、なんだ?

取材って、なんだ?

取材。『広辞苑』によれば、「ある物事や事件から作品・記事などの材料を取ること。」となっている。メディアに関わる者は避けて通れない言葉であるが、取材を旗印にずんずんと進む姿をテレビで目にすると、なんだか凹む。取材とは誰のためのもので、なんのためなのか。自転車で東京の東側をさまよい、麺店の扉を開けたり閉めたりしながら、取材の功罪について考えたのだった。

歓迎されない取材、歓迎される取材。

ネットで見かけ、まだこんな店があったの!?と驚かしてくれた店が、神田にある。
行ってみると、そこだけ戦後の日本から抜け出してきたような様子だった。
ガラス戸から中がうっすら見えた。午前10時半で、もう客が結構入っている。人気店なのだ。

取材を受けてくれるだろうか。アポはとっていない。シリーズの特性上、“旅”にこだわっている。予定を決めずに自転車で大海をさまよい、“お宝”探し。見かけた店に、ふらりと入る。沁みる味に出合う。これが理想だ。そしてそんな旅を心から楽しんでいる。
でも店がうまく見つかる保証はないし、何より“お宝”である昭和風情の店がどんどん減っている。だから、事前に情報を得、見当をつけていくのも“あり”にしている。ただしアポは取らない。予約して時間どおり行動すれば、もう旅じゃない。仕事だ。迷ったり寄り道したり、それができなければ自転車で行く意味もない。
もっとも、以上はすべて手前の都合だ。店からすれば迷惑なだけだし、失礼でもある。そこは平伏しながらお願いするしかない。ほんとお店のみなさん、勝手ばかり言ってすみません。
もちろん、断られる場合もある。掲載できなかった店は過去に何店かあった。

外観
今回の旅でたまたま見つけ、ふらりと寄りたくなった“お宝店”その1。

今回の店は人気店のようだから、どうだろう。出発前にネットで検索すると、メディアの記事がいくつか見つかった。“マスコミお断り”ではなさそうだ。

引き戸を開ける。客たちがラーメンをすすっている。部屋の一隅では、料理にライトを当てながら撮影が行われていた。あれ?
なんと別の取材チームではないか。ガクッとこけそうになったが、少し気が楽にもなった。やっぱり取材OKなんだ。
店のおばさんに事情を話し、「僕も取材を――」と言ったら、なんだか自分がバカみたいに思え、ふっと頬がゆるんだ。その僕の顔を見て、おばさんは変な顔をした後、店主らしき男性に僕を通してくれた。
僕はノーアポを詫び、自分も取材を――とやはりどこか間の抜けた感じのする依頼を申し出た。男性は悩ましい顔になった。
「うーん、ごめんね」
「え?」
「ウチはこれ以上混んだら、ちょっと大変だから」
そう言われると、返す言葉もなかった。肩に重い空気を感じながら、頭を下げ、踵を返す。大がかりな装置で撮影している3人組の横を過ぎながら、「なんでやねん」と精神年齢14歳のオヤジが心の声を上げた。
「なんでワイだけあかんねん」
店を出て走り始めると、中二の自転車オヤジも冷静になった。断られて当然なのだ。いきなり店に出向き、「ねえ、取材させて」「おう、いいよ」なんて展開を期待するほうがどうかしている。虫がよすぎるだろ。
地域に根差した繁盛店は多くの常連客を抱え、毎日一杯一杯で店をまわしている。メディアで紹介されると一見客が増えて、常連客に迷惑がかかるし、店の負担がいたずらに増えるだけだ。
先に取材していた彼らはきっと店に通い、何度も頭を下げ、取材の許可をもらったに違いない。普通はそうするのだ。うーん、僕のこの取材スタイルも考えものなんだよなあ。お店の好意に甘えるしかないのだ。

神田は昔ながらの町なのか、それとも新しい町?

ともあれ、ゼロから店を探さなきゃ。頼るのは己の嗅覚と、町の人の声だけだ。“自転車お宝探し”本来の形に戻ったわけだ。
さてどうしよう。神田駅に行ってみようか。ここから近いし、ガード下の雰囲気がいいもんな。あそこなら“お宝”もありそうだ。
それっ。

「あれ?」

高架下
橋脚や橋桁のレンガなんかは相当古そうなんですけどね……。

思っていたのと違うな。似たような“箱”ばかりだ。西側だからかな?
いつもは東側の「味坊」に羊を食べにいくのだ。あっちはいい雰囲気なんだよ。
よし、東側だ。えいっ。

ガード下
ガード下も新旧交代が激しいのか、2000年にできた「味坊」が最古参の雰囲気。

……あんまり変わらないな。
そっか。いつも来るのは夜なのだ。昼間はこんなに味気ないのか。
しばらく走ってみたが、昔ながらの麺店どころか、喫茶店すらない。それっぽいのはあるけれど、どれもレトロを模した最近の店だ。
都心部は難しいかな、と思った。本当の古い店はさっきの店のように名物店になっていて、慢性的に混んでいる。飛び込み取材は厳しいかもしれない。
ガード下をくぐったとき、ピンとアンテナが立った。あった!

ガード下
思い描くガード下のイメージはこれ。チェーン店にはない風情。

……いまはもう、やってないようね。
この蕎麦屋さんも“ひと区切り”をつけたのか。長い間、この地でがんばってきたんだろうな。

結局、ガード周辺に“お宝”は見当たらなかった。
交差点の案内板の前で自転車を停め、地図を凝視する。近くに匂うところがないものか。
――人形町――。
この近くなんだ。昔行ったことがある。正直、そんなに古さは感じなかったけど、下町だったような……。よし、行ってみよう。

2度目のノーサンキュー。

神田から10分ほど走ると、賑やかな雰囲気になってきた。風情ある小路が入り組んでいる。
その迷路に入り、匂うほうへ匂うほうへとハンドルを向ける。こんな“自転車お宝探し”を、30年以上やってきたのだ。アンテナの感度もそれなりに高くなる。
裏通りの奥まったところに、細い路地の入口が見えた。匂う、匂うぞ。
それっ、と曲がってみると、うっわ、本当にあった!

外観
庇には店名もありません。目立たない場所にあるのにアピールしない潔さ。

思わず笑ってしまった。我ながらすげえ!
ガラス戸越しに中を見ると、客でほぼ満席だった。時計を見ると、正午過ぎ。飛び込み取材のタイミングじゃない。後で来よう。それまで“さまよいごっこ”だ。
人形町の駅に近づくにつれ、古い建物が増え、すっかり下町の風情になった。以前に来たときはなぜ古さを感じなかったのだろう?

古い建物
人形町駅から3分ほど歩けば、ほらこのとおり。素敵な路地が入り組んでいます。

たぶん、期待しすぎたんだろうな。人形町というぐらいだ。町全体が小京都のようになっているんじゃないか、そう考えていた。
もうひとつは、前回は電車と歩きだったが、今回は自転車だ。自転車でぐるぐるまわれば、世界は広がる。町全体のイメージをつかむことができる。

ふいにアンテナが立った。
ん?……あれって、店?

外観
パッと見はただただ謎な外観。でも繁盛店みたいです。

近づいていくと、何かを炒める音が聞こえた。やっぱり店らしい。しかも混んでいる。中は見えないけど、漏れ出してくる熱気でわかる。入口横のメニューを見ると、大衆中華の店らしい。
しかしすごい外観だな。庇も暖簾も無地だ。さっきの店といい、人形町の流儀だろうか?
とにかく気になるぞ、この店は。“当たり”の匂いがぷんぷんする。でもさっきの店もよかったしなあ。
てか、悩むまでもない。2軒ハシゴすればいいのだ。
昼時だから、ここも時間をつぶしてから来よう。

近くの水天宮に行ってみる。土台がコンクリートの箱状になっていた。こんなのだったっけ?
誘導係のおじさんに訊くと、3年前に免震構造にしたとのこと。
自転車は裏に停めて、と言われたので裏手にまわってみると、駐輪場が見当たらない。そこにいた別の誘導係のおじさんに訊くと、水天宮の壁に立てかけて、と言われた。えっ、そんな適当な感じでいいの?いまどきスーパーでも決まった場所に置くよう言われるけど。
「いいのいいの。自転車はタダだよ」
おじさんは笑いながらそう言い、僕も笑った。大都会の観光名所でこのゆるさ。いいなあ。下町の空気かな。

自転車
これが水天宮の駐輪場(?)。なんかよくないですか?自転車がまるでオブジェみたい。

階段を上ると、コンクリート箱の上にお宮があった。平日なのに混んでいる。
暑い日だった。参道には氷塊と紙お絞りが置かれている。なんかますますいいなあ。“心”を感じるよ。

紙お絞り
外国人のみなさん、これが日本のおもてなしですよー。
水天宮
夏の終わり、平日の水天宮。これでも、だいぶ人が減ってから撮っています。
水天宮の象徴
安産祈願で有名な水天宮の象徴。カップルたちで長蛇の列になっていました。

神田の店で取材を断られて少々しょげていたが、人形町に来てからというもの、町も水天宮も温かい雰囲気だし、“お宝”は次々に見つかるし、いい旅になってきたぞ。
ようし、そろそろ頃合かな。あの“無印“の中華屋へ行ってみよう。

ガラガラと引き戸を開けると、客は引けていた。カウンターの中には、白髪の調理人がふたり。僕はノーアポで来たことを詫び、企画の主旨を話し、取材をお願いした。店主らしき男性が笑顔で答えた。
「ああ、ごめんなさいね。ウチは取材は断ってるんですよ。お客さんに迷惑がかかるから」
明快だった。鮮やかでさえあった。そりゃそうですよね。僕はさわやかな気持ちになった。笑顔までこぼれた。あはは。
店を出てから、首を垂れた。はぁ。これだけ断られる描写の多い食レポもなかなかないよなあ。はは……。
最後の望みは路地裏のあのラーメン店だけだ。あそこがダメだったら……次はやけ酒の描写になります。

――つづく。

文・写真:石田ゆうすけ

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石田 ゆうすけ(旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。