米をつくるということ。
あゝ魚沼は今日が雨だった|米をつくるということ⑮

あゝ魚沼は今日が雨だった|米をつくるということ⑮

窓を開ければ緑が目に飛び込んでくる。周囲に木々が生い茂る古い木造校舎で、清々しい朝を迎える。稲刈りへの序曲となる2度目の「草取り」。しかし。空はどんより。雨も少々。生憎の天気である。ド素人農業人にとっては、不安しかない。さらには、予期せぬ話も聞かされて、不安ばかりが募るであった。

木造校舎で朝食を。

夜半の激しい雨もやみ、ちょっとばかり安心。やまない雨はないのだ。

三省ハウスに朝がやってきた。夜中の豪雨がまるで夢だったような静かな朝だ。窓の外に目をやると、山間に白い煙のような朝霧がいくつも立ちのぼっていた。昨夜の大雨を耐えしのいだ緑が、ホッと息を吐き出しているかのよう。
やっぱり田舎はいいなあ、と深呼吸すると、とたんにグーッと腹が鳴った。最近はこんなことないのに、やっぱりおいしい空気を吸って体を動かすと、自然と食欲が増すのか。それとも林間学校の気分?

そういえば小学校の給食時間前は、いつも腹が減っていたなあ。この食欲はきっと「学校」に泊まったおかげだ。おやじだけど気持ちは成長期?

朝食はすでにテーブルにセットされていた。厨房の奥では、白衣を纏ったおじさんが忙しく動き回っている。なんだか本格的。聞くと、正真正銘、プロの料理人だった。大工場の社員食堂や旅館の板前などで長年腕をならし、引退を期に、故郷の魚沼で暮らすことにしたという。現役時代は、1,000人の社員に食事をつくっていたというから、三省ハウスで調理する少人数の朝食は余裕なのだろう。
しかし、里山ならではの味を出すように気を配っているとか。味噌は手づくりで、冬の寒いうちに仕込んだもの。“しょうゆの実”という保存調味料もつくっているという。もちろん、漬け物も自家製だ。

三省ハウスの厨房では、夜が明ける前から朝食の準備が始まっていた。ありがたいことです。
秋の気配が漂う魚沼の朝。手づくり味噌を使った味噌汁をはじめとする朝食に、身も心もじんわり。

農家の朝ごはんでもあり、懐かしい学校の給食でもあるような、このおいしくて貴重な料理を平らげたと思ったら、「いまのうちに草取りにかかりましょう。昼前には大雨になるらしいです」と、迎えにきた現地スタッフの竹中想さんから声がかかった。

お茶を飲む間もなく、そのまま小走りに車へ。小雨がぱらついているくらいのこのときに、草取りをできるだけ済ませたい、という。確かに、ごもっとも。

朝食をつくってくれた3人。左から玉木有紀子さん。元料理人の室岡一義さん。近所で暮らしている相澤みつ子さん。ご馳走様でした。
毎年、寒い寒い冬に仕込む味噌。地元のお母さんたちが、厳しい寒さをものともせずにつくります。

田んぼの農作業というのは、雨天決行が常識。たとえ大雨でも、晴れの日と同じように仕事をこなすのが当たり前だという。しかし、ぼくらはド素人。大雨の中で田んぼに入る自信は、まったくないんですけど……。
そういえば古い写真か映画で、目も開けられないような大降りの雨の中を田んぼで黙々と働く農民の姿を目にした記憶がある。編み笠に、ガンダムのモビルスーツのような肩の張った大きな簑をまとっていた。

思えば、ぼくは雨合羽すら持参していない。これで、大丈夫なのか?

我が身の愚かさを呪う。
棚田へ行く途中で、増水した川に遭遇した。チョコレート色した濁流が、ごうごうと音を鳴らしながら流れていく。棚田が心配だ。ちゃんとイネは立っているだろうか。竹中さんやスタッフの顔も、これまでとは違って緊張気味に見える。

川の水量は増し、濁流となった姿を目の当たりにすると、昨夜の雨の激しさを実感。もしも今日だったら、たいへん。

合言葉は雨天決行!

ともかく棚田へ。はやる気持を一喝するように「まず着るものを整える!」と声が飛んだ。「雨具を用意してない」とは口に出せずに困っているぼくに、天の声だ。「倉庫に古いのがあります」。ぼろぼろの雨合羽でも我慢しようと覚悟を決めていると、なんと渡されたのは編み笠とゴザだった。
「編み笠が一番なんですよ」というのは、今回、草取りに参加してくれる玉木有紀子さん。越後妻有里山協働機構の理事さんだ。「雨粒も防げるし、日射しも遮り、しかも涼しい。いまでもこれをかぶって農作業をやっている人も多いですよ」。
なるほど。で、このゴザは?
広げてみると、肩からかけられるようにヒモがついていた。これを「着ゴザ」というらしい。たいていの雨ならこれで大丈夫とか。さっそく身につけて記念撮影した。レトロな気分に浸り、むやみに楽しくなる。

編み笠と着ゴザを着用。軽くて、蒸れずに、雨を凌げるスグレモノ。昔の人の智慧には脱帽です。

いよいよ棚田に到着。すでに若手スタッフの松山雄大さんも待っていた。のちほど棚田名人の小林昇二さんも合流してくれるという。今回は合計6人だ。ぼくらdancyuのweb組ふたりは素人だが、玉木さんはボランティアで野良仕事は慣れたもの、あとのお三方はプロだ。これは「米をつくるということ」シリーズ最強の精鋭チームではないか!と、気合いを入れていると、その意気込みをくじくような言葉が耳に入ってきた。
「クマ……」。えっ、なんだって?発言の主は松山さん。話の内容はこうだ。
ある夕暮れ、近くの山道を軽トラで走っていたとき、カーブを曲がったところで、ふいに道路の真ん中におじいさんがへたりこんでいた。こんなところでヘンだなあ、助けようと、車を近づけて窓を開けると、それはおじいさんではなく、一頭のツキノワグマだった。慌ててアクセルを踏んで逃げたという。クマをおじいさんと間違えるというくだりが、なんともリアルで怖い。道の真ん中で動かないというのは、病気で弱っていたのだろうか。
「まあ、おしゃべりはこれくらいで、そろそろ田んぼに入りましょうか」と江部さん。
「クマは出ませんよね」と念のために聞いてみると、これだけたくさん人がいて、出てくるわけはないとみんなの意見が一致した。
「クマは出ないがマムシはいるかも。今年は異常に多いんです。石があるからと、不用意にどかしたりしないように」。竹中さんが真顔で言った。
その話、聞いてません!

昆虫もカエルも平気だが、毒蛇だけは勘弁してもらいたい。入田(自分で考えた田んぼに入ることを意味する言葉)を前に、ぼくの足は動かなくなった。さてどうしよう?

マムシと聞いて、怖じ気ついた藤原智美さん。畦から田んぼへの一歩が踏み出せずに、おろおろしています。

――つづく。

文:藤原智美 写真:阪本勇

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藤原 智美(作家)

1955年、福岡県福岡市生まれ。1990年に小説家としてデビュー。1992年に『運転士』で第107回芥川龍之介賞を受賞。小説の傍ら、ドキュメンタリー作品を手がけ、1997年に上梓した『「家をつくる」ということ』がベストセラーになる。主な著作に『暴走老人!』(文春文庫)、『文は一行目から書かなくていい』(小学館文庫)、『あなたがスマホを見ているときスマホもあなたを見ている』(プレジデント社)、『この先をどう生きるか』(文藝春秋)などがある。2019年12月5日に『つながらない勇気』(文春文庫)が発売となる。1998年には瀬々敬久監督で『恋する犯罪』が哀川翔・西島秀俊主演で『冷血の罠』として映画化されている。