井賀孝さんの青春18きっぷ旅。台風上陸のまっただ中に里帰り。
中学時代の同級生は、故郷の和歌山で中華料理店を営んでいる。

中学時代の同級生は、故郷の和歌山で中華料理店を営んでいる。

青春18きっぷを使った12時間の旅は、ゴールの和歌山駅へ到着。朝食にパン、ランチはきしめん。そして夕食は、同級生の中華料理店に向かいます!

タクシーのラジオからは阪神巨人戦。

JR和歌山駅の改札を出て、表に出る。
台風が過ぎ去った後の、少し涼しげな夕刻。昔と何も変わりはない。

高校生になったばかりの頃、同級生の女子に「いがっちのことを気に入った子がいるから、会うだけ会ってみてくれへん?」と呼び出された。どうやら中学時代のアルバムを見せたようだ。せいぜい2人か3人ぐらいで来るんだろうなと思っていたら、13人ほどのヤンキー女子高生がいて面食らい、挙句に「……ちゃんと付き合っちゃいなあよ」「断ったら知らんで。うちの彼氏は……高校の番やからねー」などと言われながら、ヤンキー女子高生たちに見事に360度ぐるりと囲まれ詰め寄られた思い出の場所である。あれから34年。ずいぶんと歳月を重ねたが、和歌山で一番大きな駅前での白昼のこと。忘れるはずがない。

和歌山駅西口
バスターミナルに面した和歌山駅西口。土曜日18時過ぎだったが人通りは少なかった。

東京の煩雑さに慣れた身には、少し寂しいぐらいの、人がまばらな通りだが、これが通常の和歌山。仕事柄、日本全国様々な場所を訪れているが、和歌山に限らず、概ね地方とはこういうものである。

私の実家のある和歌山市は和歌山県の県庁所在地であり、平成30年の時点で人口は357,310人。私が小学生だった頃は約400,000人と習ったので、緩やかに減少しているようである。まあ日本全体が減少傾向であるから特別どうということはない。

タクシーを拾って、とりあえず実家へ向かう。
「今日は和歌山も雨降ってた?」
「朝はようけ降ってたよー」
運転手とたわいのない会話を始める。ラジオからは野球中継が流れている。
「阪神?」
「そうよ。巨人戦よ」

タクシー
乗車したタクシーの運転手さんは、アツい阪神タイガースファンでした。

和歌山は同じ近畿圏である兵庫県に、阪神タイガースの本拠地、甲子園球場があり、かつては箕島、現在は智弁和歌山と、優勝経験のある強豪高校が県内にあることもあって、おじさんたちの間では野球が人気である。うちの親父もよく野球中継をテレビで見て、ラジオを聞いていた。

話していると順調にタクシーは進み、和歌山で一番大きな一級河川、紀ノ川に差しかかった。紀ノ川は和歌山県の北部を東から西へと流れている。上流の奈良県では、吉野川と呼ばれている。ざっくりと言えば和歌山市はこの川を隔てて、北の郊外と南の市街にわかれている。私の実家は郊外にある。といっても、道が空いていれば和歌山駅から車で10~15分程度だ。

夕焼け
紀ノ川を渡る頃には、空はきれいな夕焼け。

紀ノ川を渡って、土手を下ったところに、私が通ったボクシングジムがある。ワールドクラトキボクシングジム。15歳の夏に入門し、高校時代に励んだ青春の場所だ。当時は倶利伽羅紋々を背負った輩、プロボクサー、中高で喧嘩で名を馳せたやんちゃな奴らが集う混沌としたところだった。毎日が映画みたいな日々だったよ。キラキラとしてさ。あの頃、写真をやっていたら良いものが撮れたんだろうな。瑞々しい10代の感性で切りとった田舎のボクシングジムの写真。

窓も常に閉め切られ、湿気と熱気を孕んだ空調設備のないプレハブ。今じゃあ考えられない。2時間のトレーニング中、一度も水を取らないスパルタぶり。私の根性はあのときに培われたものと思われる。1980年代、スポ根マンガ全盛の、根性が美徳とされた時代。効率性とはまったくもって無縁だが、数字では測れない何かを得たことは間違いない。

クラトキボクシングジム
高校時代に通っていた思い出の「クラトキボクシングジム」。今は綺麗に改装されている。

当時、ジムには自転車で通っていた。ここまで来れば実家は近い。私の実家は先ほど大阪から抜けてきた、和泉山脈の麓にある。正確には中腹と言うべきだろうか。山を削って整地し宅地とした、住宅街の一画にある。故に最後は坂を上がる。

着いた。1年ぶり。実はもうここには誰も住んでいない。私はひとりっ子で、母親は11年前に、父親は8年前に亡くなっている。だから定期的に空気の入れ替えに来ないといけないのだが、東京と和歌山の距離では、なかなか来ることはできない。来れたとして年に2回程度。だから毎回、家が傷んでいないか、無事に使えるのかが心配である。夏のこの時期は、庭の雑草が繁茂し過ぎて、さながら何かの事件があったその後の家のようである。

まずは家に入り、ブレーカーを上げ、すべての窓を開け放つ。約1年間、籠もったままの熱気と湿気の入り混じった空気を解き放つのだ。夏とはいえ、山に近いこの辺りは、夕暮れどきは涼しい風が入る。
いろいろとチェックした結果、大丈夫だ、今回も使えると一安心。

住宅街
実家がある園部の住宅街。台風一過で蒸し暑かったが、夜に差しかかり涼しい風が吹き始めていた。

同級生のハッセンがつくる中華料理の味。

荷物を置いてシャワーを浴び、夕食に出かける。行く先は決めてある。中学の同級生がやっている中華料理店「中華茶寮 帛龍(ハクリュウ)」だ。
タクシーを呼んで向かう。地方はとかく車がないとどうにもならない。県庁所在地ですらこうである。和歌山市内を走る電車はあるにはあるのだが、路線が極端に少なく市内全域をカバーしているわけではないため、使い勝手が悪い。一方、近くにバス停はあるが、本数があまり多くないのと、コースが決まっていて自由に動き回れるわけではないから、利便性は低い。

私の実家からタクシーで東に走ること10分。店に到着した。幹線道路から少し入った住宅地にある。駐車場は4台、カウンター席が4席あって、テーブルは6つ。ここは「ハッセン」こと長谷川正義がオーナーシェフを務める店で、夫婦で切り盛りしている。ハッセンとは中学2年の同級生で、なんと奥さんともクラスメイトだった。我々3人は14歳の多感な1年を同じ教室で過ごした。ふたりは初恋同士で付き合っていたが、一度別れて、それぞれ別の人と結婚し、違う人生を歩んでいた。その後お互いが離婚し、あるとき、偶然再会して再婚した。ドラマみたいな話である。

中華茶寮 帛龍
「中華茶寮 帛龍」は大繁盛。満席。

訪れるのは4回目。いつ来ても店は繁盛している。店には友人たちが既に到着していた。高校の同級生である寒川敦弘は、私が和歌山に帰ると、いつも友人たちに声をかけて集めてくれる、頼もしい存在である。当日か前日に連絡を入れるのに、毎回何人かが集まってくれる。「いい加減、頼むからもう少し早く連絡してよー」とは寒川の弁(笑)。そりゃそうだろうな。我々は1970年生まれの49歳。みんないい大人で忙しいんだから。会社勤めをしていれば部長になってもおかしくない歳である。

井賀さんの同級生のみなさんとオーナーシェフの長谷川正義さん
同級生のみなさん。中央がハッセンこと、長谷川正義さん。

奥のテーブルに着く。今回は東京から同行した編集担当の星野君を含めて5人。さて何を頼もうかと話し合い、“海老チリソース”、“鶏の黒胡椒炒め”、“焼きめし”を頼むことにした。飲み物はビール。

“海老チリソース”は前回に来たときも頼んで、旨かったので外せない。大きな海老のぷりっとした食感と甘酸っぱい辛味がよく合う。甘くて酸っぱくて辛いなんて、よくよく考えたら複合的な味付けだなあ。大人5人で食べるとあっちゅう間になくなった。次に出てきたのは、“鶏の黒胡椒炒め”。「食べたことないならぜひ」と、これは奥さんのお勧めの一品。大きくカットされた野菜と揚げた鶏肉を一緒に頬張る。シャキシャキの野菜とジューシーな鶏肉が口の中で合わさる。これも旨い。ビールが進むやつだ。

海老チリソース
“海老チリソース”1,100円。香り高く深いコクのあるぷりぷりのエビチリ。
鶏の黒胡椒炒め
鶏肉と野菜を甘辛くスパイシーに炒め合わせた“鶏の黒胡椒炒め”900円。
焼きめし
“焼きめし”650円。しっとり、ハラリと軽やか。

そうだ、料理しているところを撮らせてもらおう。でかい中華鍋を自由に振るのはすごいねー。腕力が相当いることだろう。毎晩振っていたら筋トレをする必要はないな。そのせいか体は締まっている。やるじゃあないかハッセン。

最後に出てきたのが“焼きめし”。しっかりとした味付けにふわっとしたお米の食感。こんな旨いものを、いつからつくれるようになったんやろ(笑)。
チェッカーズを真似たツンツンヘアーをしてたあいつが。


夜は更けていく。

長谷川さん
長谷川さんは太い腕で中華鍋を素早くあおり、あっという間に料理を仕上げていった。

――つづく。

店舗情報店舗情報

中華茶寮 帛龍
  • 【住所】和歌山県和歌山市狐島381-12
  • 【電話番号】073-454-3353
  • 【営業時間】11:30~13:30(L.O.)、 17:00~21:00(L.O.)
  • 【定休日】火曜日(祝日の場合は翌日)
  • 【アクセス】和歌山バス「河北中学校前停留所」より1分

文・写真:井賀孝

takashi_iga.jpg

井賀 孝(写真家)

1970年、和歌山生まれ。写真家。ブラジリアン柔術黒帯。高校時代はボクシングに熱中し、近畿大会2位となる。大学卒業後、独学で写真を始める。27歳のときニューヨークで出会ったブラジリアン柔術がきっかけで、闘いながら写真も撮る。2008年から、より根源的なものに魅せられて山に登り始める。現在は山伏修行をしながら、格闘家やスポーツ選手、ミュージシャンなどの撮影をする。著書に『ブラジリアン バーリトゥード』(情報センター出版局)、『山をはしる―1200日間山伏の旅』(亜紀書房)、『不二之山』(亜紀書房)、『バーリトゥード 格闘大国ブラジル写真紀行』(竹書房)などがある。