「㐂寿司」の365日。
「㐂寿司」の矜恃と穴子1000尾分のエキスが詰まったツメの秘密。

「㐂寿司」の矜恃と穴子1000尾分のエキスが詰まったツメの秘密。

「㐂寿司」のツメづくりに初めて密着することが許された。穴子1000尾分の中骨や頭を炊いた汁は、まるで濃厚なポタージュのよう。それでいて、ツメは甘く濃厚でいて、意外にもさっぱりしている。その後味を決定づける意外な食材とは――。

ツメに加える意外な食材とは?

「㐂寿司」四代目の油井一浩さんが言う。
「驚かれるかもしれませんが、乱切りにした大根と人参、生姜の皮を投入するんです。おそらく、これは創業時にはなかった工程で、私の祖父にあたる二代目の貫一が取り入れたのだと思います。なぜ、野菜を入れるようになったかはわかりません。店に入った時にはすでにこのやり方でしたから。野菜を入れることで、砂糖だけではない甘味と、後味をすっきりとさせる効果があるのだと思います」

煮詰めていく過程で、大根、人参、生姜の皮が加えられる。

穴子1000尾分の中骨や頭を炊いた汁に干瓢を炊いた汁や煮穴子のつゆ、そして野菜を加えたら、2回目の煮込みに入る。夜の営業と並行し、さらに4時間ほどかけて炊いてゆくのだ。
この時点で、炊き始めは大鍋2つ分だった汁が、ちょうど半分のかさになる。火は依然、中火。そして、店の片付けが終わる直前に、再び、ザルで濾して冷蔵庫で保存する。

穴子の脂やエキスがしみ出た汁に野菜を加える。
「㐂寿司」の番頭的存在の山岸利光さん。
穴子の身を炊く時に出た煮汁や干瓢のつゆなどを加える。
野菜を加えて煮詰めていく。一見、カレーをつくっているよう?

ツメづくりには2日を要する。

翌日、朝9時。いよいよ肝心の「煮詰め」の作業にとりかかる。
昨日、穴子のエキスを煮詰めた汁を熱伝導がいい専用の銅鍋に移し替える。穴子の旨味とコラーゲンが溶け出した汁は、冬場であれば一晩で、煮こごり状態になる。煮詰めを担当するのは番頭の山岸利光さんだ。火加減は蛍火。ここからは決して混ぜるということはしない。ただ、鍋底が焦げないように慎重に火を入れてゆく。

大鍋2つで炊き始めた約7時間後にはおよそ半分の量となり、銅鍋に移し替えて煮詰めていく。

「うちには変わったお客さんもいてね、あの汁に加えた大根をくれって、言うんですよ。たしかに穴子の旨味は付いてますけど、大根の味は完全に抜けてて、食べて旨いってものじゃない。昔はまかないで食べたこともありましたけど。それでもいいって言うから、つまみで出して差し上げるんです」

ツメをつくるために加えられた大根や人参。1ヶ月に1度のツメづくりの時に所望すれば出会えるかも?決して品書きに載ることはない超レアな品。

火を入れ始めて2時間ほどすると、鍋から穴子の芳醇な香りが漂ってくる。
時計の針は午前11時。まもなく今日も昼の営業が始まる。ここで、ツメの味を決定づける最後の仕事を施す。醤油、味醂、ざらめで味の輪郭を決めるのだ。
無論、ここでは計量するなどという非合理的なことはしない。毎回、同じ素材でも微妙に違うので、味見をしたうえで、勘だけを頼りに一回で味を決める。そしていよいよ、最後の煮詰め――。

調味料を加えてさらに煮詰めていく。ツメは本来、煮穴子を作る時の煮汁を「煮詰めて」つくったことからその名前がついた。

「ツメを持ち上げた時の粘度で、火から下ろすタイミングを計ります。滑らかで、艶があり、ぽってりとした状態が理想です。これは体で覚えるしかないですね。ツメは冷めてから使うものなので、それも計算に入れておかなければなりません。季節によっても粘度が違いますから。気温が低い冬場は固まりやすいので、ややゆるめに仕上げます」

煮詰めていくほどに、だんだん艶が出てきた。
「火から下ろすタイミングは体で覚えるしかありません」と山岸さんは言う。

労の多いツメづくりを継承する使命。

こうして大量の穴子の頭と中骨と格闘すること10時間。1000尾もの穴子の旨味が濃縮されたツメの完成だ。
出来上がったツメの量は、わずか2.5L。穴子の中骨や頭を昆布や鰹節と炊き始めた時が40Lほどなので、およそ16分の1以下に煮詰まった状態だ。
出来上がったツメは清潔なホーローの容器に移し替え、冷蔵保存する。そして、その日使う分だけを取り出し、常温の状態に戻しておく。

10時間の格闘を経て完成!驚くほど艶やかで、まるでフランス料理の高潔なソースを彷彿とさせる。とくに穴子の状態が良くなる夏と冬は、ツメを消費する量が多くなるため、使い切るペースも早くなる。

これらの作業は、通常の仕込みや営業と並行して行われる。これだけの作業をこなすには、複数の職人を抱え、家業で鮨屋の暖簾を守り続ける老舗でなければできないだろう。時代によって、味付けなど一部の工程は見直され、工夫が重ねられてきたが、仕事の根幹は明治初期から変わらない。

一浩さんはツメづくりに限らず、こうした手間のかかる仕事を淡々と継承し、伝えていくことが四代目としての使命だと考えている。

「そりゃ、仕事はキツいし、重労働だし、やらずに済むならやりたくないですよ。けど、これがうちの仕事なんです。ちゃんと毎日、市場に出かけて穴子を仕入れ、店に戻って、割いて、煮る。干瓢だって何だって同じことです。こうした当たり前の作業ができていないと、このツメはつくれない。どこか手を抜けば、同じ味にはなりません。このツメは店の看板みたいなものなのです」

惜しげなくツメづくりを見せてくれた一浩さん。そこには「材料が違えば加える汁も違う。決して同じ味にはならない」という自負と、これを継続していくことの大変さを熟知しているからのことだ。

照れながらも、一浩さんはそう言い切る。おそらく、店で働く誰もが同じ思いなのだろう。
江戸の「粋」という言葉の語源を紐解くと、本当は歯を食いしばってやるような仕事でさえ、意地を張り、他人の前では軽妙洒脱にそれをやり過ごす「意気」とある。

およそ100年受け継がれた江戸の粋は、悠々として絶えることはない。

――つづく。

店舗情報店舗情報

㐂寿司
  • 【住所】東京都中央区日本橋人形町2-7-13
  • 【電話番号】03-3666-1682
  • 【営業時間】11:45〜14:30、17:00〜21:30
  • 【定休日】日曜、祝日
  • 【アクセス】東京メトロ「人形町駅」より2分

文:中原一歩 写真:岡本寿

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中原 一歩(ノンフィクション作家)

1977年、佐賀生まれ。地方の鮨屋をめぐる旅鮨がライフワーク。著書に『最後の職人 池波正太郎が愛した近藤文夫』(講談社)、『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』(文藝春秋)など。現在、追いかけているテーマは「鮪」。鮪漁業のメッカ“津軽海峡”で漁船に乗って取材を続けている。豊洲市場には毎週のように通う。いつか遠洋漁業の鮪船に乗り、大西洋に繰り出すことが夢。