「㐂寿司」のツメづくりに初めて密着することが許された。穴子1000尾分の中骨や頭を炊いた汁は、まるで濃厚なポタージュのよう。それでいて、ツメは甘く濃厚でいて、意外にもさっぱりしている。その後味を決定づける意外な食材とは――。
「㐂寿司」四代目の油井一浩さんが言う。
「驚かれるかもしれませんが、乱切りにした大根と人参、生姜の皮を投入するんです。おそらく、これは創業時にはなかった工程で、私の祖父にあたる二代目の貫一が取り入れたのだと思います。なぜ、野菜を入れるようになったかはわかりません。店に入った時にはすでにこのやり方でしたから。野菜を入れることで、砂糖だけではない甘味と、後味をすっきりとさせる効果があるのだと思います」
穴子1000尾分の中骨や頭を炊いた汁に干瓢を炊いた汁や煮穴子のつゆ、そして野菜を加えたら、2回目の煮込みに入る。夜の営業と並行し、さらに4時間ほどかけて炊いてゆくのだ。
この時点で、炊き始めは大鍋2つ分だった汁が、ちょうど半分のかさになる。火は依然、中火。そして、店の片付けが終わる直前に、再び、ザルで濾して冷蔵庫で保存する。
翌日、朝9時。いよいよ肝心の「煮詰め」の作業にとりかかる。
昨日、穴子のエキスを煮詰めた汁を熱伝導がいい専用の銅鍋に移し替える。穴子の旨味とコラーゲンが溶け出した汁は、冬場であれば一晩で、煮こごり状態になる。煮詰めを担当するのは番頭の山岸利光さんだ。火加減は蛍火。ここからは決して混ぜるということはしない。ただ、鍋底が焦げないように慎重に火を入れてゆく。
「うちには変わったお客さんもいてね、あの汁に加えた大根をくれって、言うんですよ。たしかに穴子の旨味は付いてますけど、大根の味は完全に抜けてて、食べて旨いってものじゃない。昔はまかないで食べたこともありましたけど。それでもいいって言うから、つまみで出して差し上げるんです」
火を入れ始めて2時間ほどすると、鍋から穴子の芳醇な香りが漂ってくる。
時計の針は午前11時。まもなく今日も昼の営業が始まる。ここで、ツメの味を決定づける最後の仕事を施す。醤油、味醂、ざらめで味の輪郭を決めるのだ。
無論、ここでは計量するなどという非合理的なことはしない。毎回、同じ素材でも微妙に違うので、味見をしたうえで、勘だけを頼りに一回で味を決める。そしていよいよ、最後の煮詰め――。
「ツメを持ち上げた時の粘度で、火から下ろすタイミングを計ります。滑らかで、艶があり、ぽってりとした状態が理想です。これは体で覚えるしかないですね。ツメは冷めてから使うものなので、それも計算に入れておかなければなりません。季節によっても粘度が違いますから。気温が低い冬場は固まりやすいので、ややゆるめに仕上げます」
こうして大量の穴子の頭と中骨と格闘すること10時間。1000尾もの穴子の旨味が濃縮されたツメの完成だ。
出来上がったツメの量は、わずか2.5L。穴子の中骨や頭を昆布や鰹節と炊き始めた時が40Lほどなので、およそ16分の1以下に煮詰まった状態だ。
出来上がったツメは清潔なホーローの容器に移し替え、冷蔵保存する。そして、その日使う分だけを取り出し、常温の状態に戻しておく。
これらの作業は、通常の仕込みや営業と並行して行われる。これだけの作業をこなすには、複数の職人を抱え、家業で鮨屋の暖簾を守り続ける老舗でなければできないだろう。時代によって、味付けなど一部の工程は見直され、工夫が重ねられてきたが、仕事の根幹は明治初期から変わらない。
一浩さんはツメづくりに限らず、こうした手間のかかる仕事を淡々と継承し、伝えていくことが四代目としての使命だと考えている。
「そりゃ、仕事はキツいし、重労働だし、やらずに済むならやりたくないですよ。けど、これがうちの仕事なんです。ちゃんと毎日、市場に出かけて穴子を仕入れ、店に戻って、割いて、煮る。干瓢だって何だって同じことです。こうした当たり前の作業ができていないと、このツメはつくれない。どこか手を抜けば、同じ味にはなりません。このツメは店の看板みたいなものなのです」
照れながらも、一浩さんはそう言い切る。おそらく、店で働く誰もが同じ思いなのだろう。
江戸の「粋」という言葉の語源を紐解くと、本当は歯を食いしばってやるような仕事でさえ、意地を張り、他人の前では軽妙洒脱にそれをやり過ごす「意気」とある。
およそ100年受け継がれた江戸の粋は、悠々として絶えることはない。
――つづく。
文:中原一歩 写真:岡本寿