「㐂寿司」の365日。
「㐂寿司」の門外不出のツメづくりに密着。

「㐂寿司」の門外不出のツメづくりに密着。

江戸前鮨の神髄ともいうべき、ツメ。おいそれと手法を明かさない、その鮨屋の味を決める門外不出の要(かなめ)ともいえるものだろう。今回、これまで明かされることのなかった「㐂寿司」のツメづくりに、初めて密着することが許された。

ツメは江戸前鮨の神髄である。

外観
創業は明治時代後期。凛とした空気と花街の風情、アットホームな雰囲気が共存するかけがえのない鮨店である。

「㐂寿司」の客は、鮨を握る職人ではなく店の看板そのものについている。カウンターに座れば、誰が握っても、今日は「㐂寿司」の鮨を食べたという満足感に浸ることができる。
つまり、創業者である初代・油井㐂太郎から四代にわたって脈々と継承されてきた確固たる江戸前の仕事そのものに、客は全幅の信頼を置いているのだ。店が生きている。明治初期の創業からまもなく100年。老舗の老舗たる所以がここにある。

現在の「㐂寿司」の暖簾を守る面々
現在の「㐂寿司」の暖簾を守る面々。左より、長年勤める番頭役の山岸利光さん、四代目の油井一浩さん、弟の油井厚二さん、安井直樹さん。

そんな「㐂寿司」の江戸前の集大成が、穴子や煮蛤などの「煮物」に欠かすことができない「ツメ」だろう。

今回、創業以来、1ヶ月に1度のペースでつくり続けられているツメづくりの密着取材が初めて許された。どんな煮穴子も、肝心のツメの味が決まっていなければ台無しだ。ツメは鮨屋の個性を決定づけると言って過言ではない。

1000尾分の穴子の旨味を凝縮させる。

ツメの味の基本になるのは、大量の穴子の頭と中骨だ。前掛け姿の「㐂寿司」四代目の油井一浩さんは良質の穴子が手に入るからこそ、自慢できるツメができると胸を張る。

「穴子はうちの生命線ですから、切らすことはありません。およそ30尾の穴子を毎日煮ます。必ず、選りすぐりの穴子を活け〆にしたものを持ち帰り、店で割きますので、1ヵ月でおよそ1000尾分の頭と中骨が残ります」

ツメの基本材料となる穴子の中骨や頭
ツメの基本材料となる穴子の中骨や頭。ここ1ヵ月で使われた約1000尾分を一気に炊いていく。

ツメづくりは、決まって昼の営業が終わった午後2時から始まる。
まず、解凍した穴子の頭と中骨を沸騰した湯でゆでこぼし、徹底的に水洗いをして掃除をする。穴子の旨味が濃縮したツメだが、底物特有の泥臭さをわずかでも感じさせたら台無しなのだ。

解凍した穴子の頭と中骨を沸騰した湯でゆでこぼす
解凍した穴子の中骨を湯引きする。
徹底的に水洗いをして掃除をする
水に入れて洗い、臭味の元もとになるものを取り除く。

この日、穴子を割く担当だった厚二さんは、ツメに使うとはいえ、どんな穴子でもいいかといえばそれは違うと断言する。
「目利きに叶う穴子の入荷がない時は、ツメに使う中骨が足りなくなることがあります。仕入れ先に無理を言って、穴子の中骨だけを分けてもらうこともあるのですが、そもそも品物の質も違うし、割く段階の仕事が丁寧でないと、臭みのもととなる内臓や血が残ってしまうのです。結局、自分で割いたものでなければ、余計に手間が増えるだけので、なるべくなら使いたくありません」

油井厚二さん
油井厚二さんは、四代目の兄と1週間ごとに交代でつけ場に立ち、仕入れも担当する。この週は仕込み担当の週だった。

ここで登場するのが、水が張られた直径60cmの2つの大鍋だ。ここに掃除を施した1000尾分の穴子の頭と中骨、鰹の厚削り、昆布締めに使った昆布を入れて強火にかける。沸騰すると大量のアクが沸いてくるので、これを丹念にすくいながら炊いてゆく。

穴子と共に炊く昆布と鰹節の厚削り
穴子と共に炊く昆布と鰹節の厚削り。昆布〆に使った昆布も用いる。
直径60cmの2つの大鍋
1000尾分もの穴子は、大鍋2つに目いっぱいの量になる。

この作業は、休憩時間を挟んで、夜の営業が始まる夕方5時までの間、当番の者がつきっきりで鍋の前に立つ。
3時間が経過すると、穴子の頭と中骨は、その原型がわからない状態にまで煮崩れ、穴子のコラーゲン状の脂分が溶け出した煮汁は、とろみがついて白濁してくる。この段階まで煮込んで、いったん、ザルで濾す。まるでポタージュのようだ。そして、いよいよ、味のベースとなる味付けを施す。

はじめは強火で。アクを取りながら炊くこと3、4時間。
途中で水を足し、丁寧に炊き続ける。
夜の営業が始まるまで、大鍋からは白い湯気が立ち上っている。
骨が溶けてとろとろになった汁を、安井さんが濾す。
目の細かいザルで固形物をしっかり取り除く。
穴子の脂やエキスがしみ出した汁は乳白色のポタージュのよう。

かんぴょうや穴子のつゆでさらに旨味を増していく。

ここで、煮穴子の煮汁、干瓢の煮汁、あれば、前夜の一品料理で作った煮魚の煮汁などを加える。
一浩さんが言う。
「昔の人は捨てるということをしなかったんです。店では煮穴子を炊く時も、前日に炊いた残り汁を濾して、酒と砂糖、醤油を継ぎ足して使うのですが、ツメの味付けも、醤油と砂糖だけでなく、煮穴子や干瓢の煮汁など、使えるものは何でも使ったのです。こうすることで、より濃厚で、奥行きのある味に仕上がるのです」

旨味がしみ出た、穴子を炊いた煮汁や煮魚の煮汁も加えて一層味わい深くなる。

しかし、「㐂寿司」のツメは甘く、濃厚でありながら意外にもさっぱりしているのが特徴だ。実はその後味の良さを決定づけるために加える意外な食材がある。
しかも、それは野菜だった――。

――明日につづく。

店舗情報店舗情報

㐂寿司
  • 【住所】東京都中央区日本橋人形町2-7-13
  • 【電話番号】03-3666-1682
  • 【営業時間】11:45〜14:30、17:00〜21:30
  • 【定休日】日曜、祝日
  • 【アクセス】東京メトロ「人形町駅」より2分

文:中原一歩 写真:岡本寿

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中原 一歩(ノンフィクション作家)

1977年、佐賀生まれ。地方の鮨屋をめぐる旅鮨がライフワーク。著書に『最後の職人 池波正太郎が愛した近藤文夫』(講談社)、『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』(文藝春秋)など。現在、追いかけているテーマは「鮪」。鮪漁業のメッカ“津軽海峡”で漁船に乗って取材を続けている。豊洲市場には毎週のように通う。いつか遠洋漁業の鮪船に乗り、大西洋に繰り出すことが夢。